神秘性を纏った巨艦は、虚しく水底へ沈んだ―『戦艦武蔵』
タイトル:戦艦武蔵 著者:吉村昭 新潮文庫刊
・あらすじ
戦争の神話的象徴である「武蔵」の極秘の建造から壮絶な終焉までを克明に綴り、壮大な劇の全貌を明らかにした記録文学の大作。
・感想
超弩級戦艦「武蔵」完成までの一大プロジェクトを、秘密兵器であるがゆえに秘匿と、かつてない最新鋭の技術のために粉骨砕身努力した人々の姿を描いた熱いドキュメンタリーが胸に残った。鋼鉄製の艦が、人を「強い責任感に支配される」ほどの神秘性を纏うほどになり、大きな期待を背負って抜錨した。
だが、既に時機を逸していた。戦局が悪化する中で、大した活躍もできず、敵艦載機の幾重にわたる攻撃の末に、ただの壊れた大きな構造物として沈んでいった。
熱いドキュメンタリーのあとにあっけなく沈む様が描かれ、巨大戦艦もその本質は一介の鉄の塊に過ぎなかったのだ、という強い印象を受けた一冊だった。
・私個人が感じた作者が込めたメッセージ
①工期の短さと悪条件は工夫で対処した。
特に「国家機密」であった造船は、工夫を重ねることで不可能を可能にした。すだれを大量に作って目隠しにするアイデアや、領事館から見えないようにわざわざ倉庫を建設するといったアッというようなアイデアもあった。そしてなんと竣工するまで付近の住民ですら何が作られているかわからなかったというのは知恵を絞った結果、それが功を奏したことを表していた。
②大変な労力を要して建造した大戦艦も、遅きに失していた。戦局悪化で全然その用をなせないままに最期の戦場へと向かわざるを得なかった。
いくらその大きさ、強さ、性能に神秘性や信頼といった魅力を感じても、時々刻々と変わりゆく現実に見合ったものでないと意味をなさないものとなってしまう。
③工夫に工夫を重ねて、苦心の末に完成し、期待と希望を向けられても、目標が古いものとなってしまったら現実を変えることはできない。
巨大な砲を搭載し、軍艦同士で戦うことを想定して建造されたが、完成した時点でもうすでにその目的は過去のものとなり、時代は空母から発艦した航空機が敵艦を攻撃する戦局が主になっていた。その中で「武蔵」は、無情にもその巨大さ故に「格好の標的」となってしまったのであった。
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