spannkosmo

musician pianist singer song writer compose http://www.folkevise.net/spannko

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最近の記事

泣くこと

先週、京都、名古屋とソロライブをした。去年から始めたソロだが、毎回「涙が止まりませんでした」という感想をもらう。こんな時期だから、ライブに来ることすらままならず、久々にきいた生の音には心が揺さぶられるだろう。 そういえばいつだったか、ある女の子が熊坂くんのコントラバスを見て、音を聴いてみたいと言った。女の子といってももう成人はしていて、でもあんまりうまく社会で生きていけない感じの子だった。その訴えは切実で本物すぎて、楽器をしまいかけていた熊坂くんはもう一度楽器を出して、コン

    • におい

      人から出てくるにおいが好きなんだな においといっても、命のにおいみたいなもの それは人それぞれで、どれも色濃くて、強烈で、面倒くさい そもそも、人ってそんなにスタイリッシュには生きられない、 面倒くさい生き物なんだろうって思う 怒ったり、泣いたり、笑ったり、落ち込んだり、 そんな中に命のにおいがふっと香って、 私はドキッとする ゾクっとする 私の真ん中がむくむくっとなって動き出す そうやって共鳴するから人は生きていられるんだな そういえば、私が歌いはじめた

      • 私とピアノ

        昨年、ソロでピアノを弾き始めた。  振り返ってみると、私はソロで演奏するということをほとんどもってしてきていない。初めてのソロライブは15年前くらい、アコーディオンの弾き語りだった。断崖絶壁から飛び降りるような気持ちだった。何かが私の中で切り拓かれて、そこから作曲が始まり、やがてSPANNKOSMOという大人数のライブを展開していった。大人数でやったのは曲の持つ色やパワーを実現させたくて、というのももちろんあるが、何しろ私は自分というものが退屈だった。今思うと、こんな退屈な

        • オフトンとオコメ

           かわいくてちょっとマヌケなオス猫「オフトン」に引き続き、やっぱりメス猫が愛しくて、オフトンの従姉妹がうちに来ることになった。念願のメス猫。「オフトン」は芳介が命名したが、今度の猫はハチワレ猫で、私の大好きな白黒柄で、もう、これはピアノだよなあって、私が名前つける番だろって思った。大好きな白黒といえばパンダ、シマウマ、ペンギン、そしてそう、愛しきピアノだ。ピアノの88鍵盤の88を取って、「パッパ」にすることにした。オフトンを引き取ってから、やっぱりヨチヨチの子猫を置いて留守に

          毎年海に浮かぶこと

          私は毎年夏、海に浮かぶ。 場所はどこでもいい。海はどこでもつながっている。 浮かんで空を見上げる。耳は水の中。海水に身を任せて浮かんでいると、あたたかくやさしくて、そしてちょっと怖いものに包まれているような気持ちになる。この時、私は母と対話する。 私の母の遺骨は半分は父方先祖代々のお墓に、もう半分は海に散骨した。本当は全部散骨したかったのだが、今の日本の法律だと一部でもお墓に入れないといけないらしい。あとは、父が自分が墓に入ったときに、母がいないのは嫌だと言い張った。そ

          毎年海に浮かぶこと

          それはパンが焼き上がるまでの時間

           しばらく書くことがご無沙汰になる。以前、書いていた「ウニの針」というblogは年始に今年こそはもう少し、ぼちぼち書いていってみようと思う、と書いて、ついに次の年明けまで結局何も書かないということがここ数年毎年繰り返されていた。忙しいと後回しにしたくなる。もしくはせざるを得ない。と私は思い込んでいる。  実は今、どうもあまり調子が良くない。こういう時は大抵、思い込んでいる私と実際の自分にズレが生じている。そういえば、昔どこかであった占い師が、自分が母親の胎内にいる時の、母親

          それはパンが焼き上がるまでの時間

          タケのこと

          猫は守護動物のように思っている節がある。 と「オフトン」の時に書いて、タケという猫のことを思い出した。とても面白い猫だったので、続けて書いてみようと思う。 タケを見つけたのはバイトの帰りのこと。何のバイトだったかは覚えてないけれど、電車を降りたのはもう23時過ぎてたと思う。武蔵小金井駅を出て南口商店街を歩き始めると小さな声がした。この時間の武蔵小金井なんて帰宅する人がたくさん足早に歩いているから、ざっざっという足音にあんな小さな声はあっという間に掻き消されていくのだけれど

          タケのこと

          オフトン

          我が家に猫がきた。 名前はオフトン。オスネコである。 息子がまだ3歳か、4歳くらいの頃だったか、もらったお年玉で本を買うという。買ってきた本は、確か「人生ニャンとかなる」という猫の写真集だった。虫もさながら、生き物というものに極端に怯える子だったので、何故猫の写真集を‥?  聞くと、猫が大好きなんだという。私はといえば、小さな頃から猫と共に過ごした大の猫好きなので、それはそれはと喜び、野良猫なんかがいると、「ほら、寄ってきたからなでよう」なんて息子を呼ぶと、3メートルくら

          オフトン

          note

          湖畔に住んでいる。 今日は朝一番、外に出てみると バサバサっと鳥が飛び立って ふっと風が吹きさった。 そんなわけで、そんなふうに noteに文章を書き始めてみようと思う。 高校卒業するくらいから、片手にはいつもnoteを持ち、心に溢れ出す言葉にならない言葉を書き留め続けた。そのnoteの数と言ったら尋常でない。しかも書いてあることは同じこと。同じことを繰り返し繰り返し、掴んだと思ったら消え去っていく自分をなんとか自分のものにしたかった。自分に対しての考察が膨らんで