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"瞑想" 前編


今から11年前の2009年に


ヴィパッサナー瞑想という
10日間の瞑想コースを
京都で受けました。


更に、その2ヶ月前
アメリカのネバダ州の砂漠
ブロックロックシティと呼ばれる場所で


毎夏行われている
"バーニング・マン"という
フェスに行きました。

(トップの写真はネットから
バーニングマンの写真をお借りしました。)


瞑想は、そこで出会った
日本人カメラマンに
教えてもらいました。


その時、彼がテントで
話した瞑想の内容は、


"10日間、誰とも口をきかないこと"
"日本では千葉と京都にセンターがあること"
"コースは寄付で成り立っていること"


"何それ…面白そう!
今のわたしに良さそう…"と

それはそれは、軽いノリで
行くことを決めたのですが…

(実際の内容は、軽くありません)


当時の日本は、
瞑想ブームもなかったので


オウム真理教の事件以降、
宗教のみならず、


瞑想に対しても、
ネガティブなイメージが
あったように思います。


母は
"なんかの宗教?
"大丈夫なの??"
"どんな団体なの?"
と質問攻めでした。


ここからは、
わたしの個人的な話になります。


今は自分も母となり、
両親の存在に感謝していますが


母はわたしが
年を重ねてからの方が
過干渉になった節があり


今はすっかり丸く
"面影は微塵も感じない"父ですが
(これはダンナさんの感想)


物心がついてから、20代を過ぎるまで
わたしは父を恐れていました。


でも、恐怖や権力で、本当に人の心を
コントロールなどできません
(とりあえずわたしは)


面と向かって立ち向かう
勇気はなかったし
怒られるのが死ぬほど嫌でも


テスト勉強や、強制される何か
自分が興味のないものに対し
向き合うことができず、


わたしを守ってくれようと
してたこともわかりますが


本当にたくさんのことを
制限し、阻止されてきました
(親を恨んだりもしました…)


わたしの本当の人生は
2005年から始まったと
思っていましたが(理由は後ほど)


親の死角に入れば
いつもわたしはスレスレの事を
していたんだと気づきます。


中学3年の終わり頃から
深夜に家を抜け出すようになり
高3の夏に、事故を起こすまで
それを続けていましたし、


都内の中高一貫のゆるい女子校に
通っていましたが、


高校からは、ほぼ毎日遅刻して
時にはサボり、毎年追試を受けながら、
卒業しました。


付属の短大には入りましたが、
単位もギリギリで、
レポートを提出し、追試を受けて
なんとか卒業しました。


周りの友達が
リクルートスーツを着始めても
"わたしは音楽業界で働きたい"と
就活を一切しませんでした。


心配した母にカウンセリングに連れて
行かれたこともあります。


紆余曲折ありましたが
2005年に、大手レコード会社に
仕事が決まってからは、


親の干渉もだんだんと薄れ
わたしは自由を手にしました。


瞑想に話を戻します。


母は最後まで怪しんでいたので、
反対だったと思いますが


封印の解かれたわたしは
誰にも止められません。笑


(その後、瞑想(インド発祥)の影響で
"インド行きたい"がピークに達し
数ヶ月後インド一人旅へ行きました。)


母には、
"着いてからと、終わってから
必ず連絡するように"と

"住所と連絡先を控えていきなさい"
と言われ家を後にしました。


抑圧から解放されて
仕事に遊びに、寝る間も惜しんで、
全力疾走を続けていると


少しずつ、わたしの体は
傷みを隠しきれなくなりました。


体からブレーキを
かけられたのだと思います。


そもそも夜更かしグセは、
家を抜け出すよりずっと前からで


父は、わたしや兄にテレビを見せることを
厳しく制限していたので


その影響もあってか
小学校高学年からラジオにハマり、
深夜までラジオを聴いていました。


中学生になると、
お菓子やジャンクフードを日常的に
食べるようになっていました。


それでも不思議なほど、肌が荒れることも
太ることもなかったので、
長い間それを続けていました。


ツケはいつか払うものだなと
当時はよく思いました。


わたしの体は悲しいほどに
言うことを聞いてくれなくなりました。


腹をくくり、
体質改善に本腰を入れて、
マクロビオティックや自然療法を始め


健康を害するもの一切を
断っていきました。


大好きだった
フライドポテトやコーラや
チョコレートや甘いもの


夜更しも、クラブも
大きなフープピアスも、高いヒールも
真冬のミニスカートもお別れです。


健康的な観点というより
それまでのファッションは
何を着ても似合わなくなりました。


そんな事もあって、
"瞑想"というワードは
何より興味をそそられたのです。


そうは言っても、
母が心配するように
怪しげな団体という可能性も
無きにしも非ず…


当時わたしが、ろくに調べもせず、
即決できたのは、


"バーニング・マン"という特殊な場所で
出会った彼の人となりや、


("バーニング・マン"については
またの機会に書こうと思います…)


彼の話の中で、
その瞑想に参加したという
日本のミュージシャンの
印象によるところもありました。


また、実際に行けたのは、
無職だったタイミングや


運良くキャンセルが出たことで、
すぐに日程が決まったことも
あると思います。


(ほとんどは、2,3ヶ月先の
予約となるようです。)


今のわたしが現実的に考えると
そう無理して行こうとはなりません。
(一度行ってるので)


当時は様々な幸運が
重なっていたのだと今は思います。


コース参加者は、前日入りし
コース終了後の翌朝解散となる為、
最低でも12日間の空きが必要です。


多くの日本人にとって、
数ヶ月先に12日間の空きを抑え


それを瞑想にあてるとなれば、
即決とはいかないのかもしれません。


実際、瞑想を終えて
興奮を抑えられなかったわたしは
家族や友人に強烈にすすめたけれど、


実際に行った人は、ほんの数名です。


人によっては、
"10日間も人と口をきけないなんて
耐えられない"という反応もあって、


わたしは、"そんな風に思うのか…"と
驚いたりもしました。


それから4年後の長男の妊娠中に、
再び参加しようと思い立ち、


安定期のタイミングで、
キャンセル待ちをしましたが、
その時は実現しませんでした。


とはいえ、予約はいつかはとれるはずで、
予定さえ抑えることができれば、
参加は可能です。


興味のある方は、
是非行かれてみてください。

※10年以上前の話なので、
詳細はHPや運営サイドへご確認ください。

✳︎ちなみに運営スタッフは
すべて奉仕の方たちです。


https://jp.dhamma.org/ja/

↑当時よりも情報が可視化され、
わかりやすくなってました!!


長くなったのでここまで…
次回は、ヴィパッサナー瞑想と
瞑想ワークについて書きます。

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