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SDGs探究講座 「童 夢」 6時間目 ~SDGs・探究への招待 #044 ~

6 みんなに「世界一の入試問題」を教えよう!

 みなさんは世界一の入試問題はどんな問題だろうとか考えたこと、ありますか?

 私は考えるも何も、世界一の入試問題に出逢ったことがあります。それはまちがいなく世界一です。
 童夢の最後にその話をさせてください。

 みなさんは高校受験や大学受験のときに入試の過去問を解いたと思います。私も高校のころにはたくさん解きました。授業でも解かされました。

 その入試問題との出逢いは、高校3年生のときです。

 季節などはすっかり忘れてしまいました。
 現代文の授業で、いつものように先生が過去問を配りました。その回は共通一次(昨年までのセンター試験、今年度からの大学入学共通テストに相当します)の問題で、小説でした。これを20分で解きます。で、みんな解き始めました。

 本文をたどりながら傍線部などにさしかかるたびに、問いに答えていくのが私の解き方なんですけど、問題文を読んでいるうちに内容があまりにも悲しくて、せつなくて、傍線部とか問いとかどうでもよくなっていきました。
 知らず知らずのうちに涙が出てきて、おかしいなと思っていると鼻も出てきました。鼻をすすって涙をこっそりぬぐったとき、自分は泣いているんだと気づきました。

 そうです、私は問題を解きながら、問題文の内容に引き込まれてしまって泣いてしまったのです。

 すると、静まりかえった教室のあちこちから鼻をすする音がしているのに気づきました。そっと周りを見まわすと、何人も私と同じように涙を拭いながら解いていました。男子校で自分のクラスは54人在籍していましたが、男ばかりの教室が、泣くのを必死にこらえてむせぶ声とすすり泣きに包まれていました。
 先生の方に目をやると、現代文のマツバラ先生という先生なんですけど、ビン底のような分厚いレンズのメガネをはずして、目と鼻のつけ根辺りを指でギュッとつまんでいました。
 この先生は、よく「オサダあ。よかかあ? 権力っちゅ~のはなあ」などと遠い目をして話してくださって、私は大好きでした。現在は校長先生になっていらっしゃるようです。さて、そんなマツバラ先生もやっぱり泣いているんだなと思いましたが、からかう余裕なんかはありませんでした。

 私はそのときに問題文の作者と作品名を覚えて、すぐに元の本を買いに行きました。

 三浦哲郎の『鳥寄せ』という短編でした。新潮文庫の短編集『木馬の騎手』に収められていました。

 それから時は流れ、今から10何年前、私は、受験が終わっていらなくなったという河合塾のテキストなどをもらいました。

 もらった河合塾のテキストを勉強していたとき、たしか2003年版か2008年版か何かだったと思いますが、3年生用のテキストの巻末に〈参考〉として、まさに高校のころ解いた三浦哲郎の『鳥寄せ』が掲載されていたのです。

 それを見つけたとき、私は、この河合塾のテキストに、むりやりとしか思えない感じで〈参考〉として三浦哲郎の『鳥寄せ』を載せた編集者に思いを馳せました。きっと私と同じようにかつてこの問題文を泣きながら解いたんだろう、そうに違いないと、何の根拠もないのに思いました。そう思うと、名前も顔もわからないこの編集者とめぐり逢った気持ちになりました。

 18才で解いて以来、20年余り経って、こういう形でまたこの問題文に再会するなんて思ってもみませんでした。

 解く者を泣かせ、作品との出逢いを一生ものにさせ、数十年の時を超えて、やはり同じ問題を泣きながら解いたであろう者にめぐり逢わせる。もし自分がこういう本文を問題文として選び、且つ設問を作ることができたら最高だろうと思います。

 仕事柄、それ以降もこれまでにたくさんの過去問を解き続けてきましたが、いまだにそれを超える問題に出逢ったことはありません。もちろん私自身がそんな問題を作れたためしはありません。

 みなさん、こういうのを世界一の入試問題というのです。設問のクオリティがいいとか選択肢の微妙さ加減が絶妙だとか、そんなことはどうでもいい。受験生が泣きながら解く、そんな問題。

 かつて、某メーカーの秀逸なCMにこういうキャッチがありました。

 ──10代で口ずさんだ歌を、人は一生、口ずさむ

『鳥寄せ』は、ただの御涙頂戴ではありません。
  貧困
  都市と田舎
  身売り……。
 実に多くのテーマ性を持った小説です。いまだに「おら」は男の子なのか、女の子なのか、男の子ならどう解釈が変わるのか、女の子ならどう解釈が変わるのか、考えます。また、「おっかあ」はだれを鳥寄せの笛で呼んでいたのか、だれが「おっかあ」のところに来ていたのか、考えては泣きたくなります。さらには「おら」は鳥寄せの笛でだれを呼び、だれが来るのだろうか、と思っては涙をこらえます。そうして時々、10代のみなさんに、この本文を読み聞かせします。
 こうして──、

  ──こうして、10代に全力で解いた問題を、私は一生、解きつづける、のです。

 な、世界一の入試問題だろ?


 これで、教養講座群 童夢の授業を終わります。最後まで受けてくれてありがとう!

 あれ? みんなどこに行ったの?

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