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香初め|平安時代のお香「黒方」を聞く
正月という季節が近づいてくると、お香の講座では決まって生徒さんから「お正月にぴったりのお香はなんですか」と質問をもらいます。
その際、私は「自分が一番好きな香りのお香を楽しむのが一番です」と必ず最初にお伝えするようにしています。
併せてお勧めするのが魔よけの実を匂い袋に入れた「訶梨勒」。そして平安時代にお祝いの席に欠かせなかった「黒方」と呼ばれるお香です。
「黒方」は私がお正月のおもてなしのお香として欠かさず調合する一番好きなお香でもあります。
そこで、少しでも皆さんに「黒方」の良さを知ってもらいたい。そんな想いから「黒方」とはどのようなお香なのか。
なぜお正月に「黒方」なのかということをご紹介したいと思います。(訶梨勒については、また改めてご紹介したいと思います。)
なぜ黒方がお正月に向いているのか
私がお正月に黒方というお香をお勧めする理由は大きく3つです。
・平安時代において特別なお香だったこと。
・冬を代表するお香であること。
・贈り物、またお祝いの席には欠かせないお香であること。
こうした時代背景や在り様を知ること。それは自分の中でお香の良さを深めることにも繋がります。
平安時代のお香の中でも重要だった黒方
平安時代のお香といえば「薫物」(香原料に蜂蜜や梅肉を混ぜた黒い丸薬状のもの)です。正露丸を大きくしたようなお香だと思っていただければイメージがしやすいかもしれません。茶道では、炉を使用する際に用いられています。
当時、薫物と呼ばれる有名なお香は6種類。
・「梅花」
・「荷葉」
・「侍従」
・「菊花」
・「落葉」
そして最後に「黒方」。
これらを「六種の薫物」と呼びます。
その中でも「梅花」から「落葉」までの5種類の基本とも言えるのが「黒方」です。お香を調合する香司が薫物の作り方を習うときに一番最初に覚えるお香でもあります。
つまり、薫物すべての中心にあるのが「黒方」ということになります。
また「沈香」が多く配合されているのも特別感があります。沈香は昔から心を落ち着かせ、空気を浄化する働きがあることで知られている高価な香木です。
それだけでも新しい年を迎えたお正月というお祝いの席に相応しいお香だと言えるでしょう。
「黒方」は冬に聞く方が香りが素晴らしい
平安時代には6種類の薫物があるとお話しました。この6種類の薫物はそれぞれの四季に合わせて調合されています。
その中でも黒方は1年を通してお祝いの時に焚かれる香であると伴に、冬を表すお香でもあります。
不思議なもので薫物の香りは湿度や気温により受ける印象が変わります。黒方も例に漏れません。
夏はややさっぱりと、冬に聞くとグッと香りが深まりしっとりとした印象を受けます。このようにして、冬に聞くのと夏に聞くのではまた違った香りが楽しめるのも黒方の魅力の一つと言えるでしょう。
源氏物語でも黒方は贈り物のお香だった
源氏物語といえば平安時代に紫式部により描かれた日本を代表する物語です。そしてこの時代に生きた人々の生活を知ることのできるお話でもあります。
物語の一つに「梅枝」というお話があるのはご存知でしょうか。
このお話では源氏の娘、明石の姫君が後宮に入内することから始まります。その時に持たせるための薫物(お香)の調合を競わせる「薫物合わせ」の様子が描かれています。
そして、それぞれが作り上げたのが下に書いてある通りです。
源氏の君 黒方、侍従
紫の上 黒方、梅花、侍従
花散里 荷葉
朝顔の斎院 黒方、梅花
明石の御方 薫衣香
この中でも、3人の人物が黒方を調合しているのがわかります。
そしてこの時、香りの判者となった蛍兵部卿宮が岐路につく際、源氏が贈り物として添えたのも黒方でした。
この「梅枝」からも分かるように、黒方は特別な時に調合したり贈り物としてのお香だったことが伺えます。
最後に
お香は嗅ぐではなく「聞く」と表現します。
ではなぜ「聞く」と表現するのか。
まず「嗅ぐ」というのは、本来動物に備わっている五感の内、嗅覚を働かせて本能的に香りを嗅ぎ分けることを言います。
それに対し、お香は心を研ぎ澄ませ意識してどのような香りなのかを脳で導きだす。つまり心で香りを聞き分けるから「聞く」と表現します。
このような日本ならではの美しい表現は、日本ならではの文字の成り立ちや伝承が関わっているわけです。お香然り。黒方一つとっても然り。
日本文化というのは奥が深く、雅などといった独自性は心を強く引き付けるような美しさをたたえています。
冬に聞くとより味わい深い香りとなり、私たちを楽しませてくれる黒方。
香りが作り出す雅な空間を心で聞き分けることは精神を落ち着かせてくれることでしょう。
新年という人生をまた一つ乗り越えて、新しく踏み出すような特別な日。
この記事を読んで少しでも興味を持っていただけたら、ぜひ平安時代の香りでこれからの人生の幸福を聞いていただければと思います。