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掌編「里芋の花」

 朝起きたら、部屋の窓を開けて空を見る。夏の暑さは峠を越えて、日が昇ったばかりの町に涼やかな風が吹く。今朝の空には風に払われたような筋雲が幾本ばかり。電線の横切られた空にはいつまでも物足りなさが残るけれど、もう慣れた。人と自然。頬にひんやりとした朝を受けて、私は階下へ降りて行く。

 家族はまだ布団の主。夢の主役。学生の皆卒業してしまった私に、十数年振りで訪れた忙しなくない朝。静かに鍵を開けて玄関を出る。中古でも戸建てを見つけてくれたお父さんに感謝する。玄関は緑の広場。季節の花と慎ましい菜園が暮らしに彩りを添えて、家族の心を豊かにしてくれる。

 しその葉、ぐみの木、アンスリウム、ベゴニア、春に頑張った木苺、桜、山椒、悪戯に植えた牛蒡、中でも大きな葉を天に向かって伸ばすのは、里芋。秋の終わりの収穫に向けて、いよいよ風格が出て来たみたい。

 この里芋の由来は、まるでわらしべ長者。私に里芋をくれたのは余所へ嫁いだ娘。娘は旦那様の実家に貰ったそう。けれど旦那様の実家もご近所さんからの頂き物だと仰ったそう。みんなお互いに貰い物の御礼ですって。面白い生い立ちを持ってとうとう県を跨いでわが家へやって来た子たち。沢山あって食べきれないからって、土付きの、ごろんとしっかり重みのある、スーパーで見かけるのとやっぱり違う植物の生命力溢れた装い。

 私は、食べるのもとても楽しみに思ったけれど、不図、これは植えるとどうなるかしらと思い立つ。折角こんなに、生き生きとしていて、土も付いているなら、そこには里芋に必要な、微生物も付いて来たはず。早速お勉強して、植え付けに備えた。

 

 今年で三度目の収穫を迎える予定の里芋。試行錯誤して、限られた場所でも家族が食べられる量が収穫できるようになってきた。元々手の掛からない子たちだったから、殆どお世話はしていない。梅雨から夏の間、毎日たっぷり、たっぷり水を上げてきただけ。

 そんな里芋は、花が咲かない。大根のように、花が咲くと実が出来ないからだろうと思っていた。けれども今年の丁度お盆の頃、葉を広げるのとは違うものがすうっと伸びて来た。何が伸びたのかしらって、私は毎日首を傾けた。突然変異とか、病気とか、里芋に失敗なんてあるかしらとか、色々悩んで、けれども数日後、水遣りの時に、またじっと観察していて、あ、と思った。

 蕾だった。大きな、閉じた葉と見間違えそうな蕾が付いている。私は驚いて、家族にも知らせて周って、それから不安になって、急いで又お勉強。そうすると、里芋は、極稀に、花を咲かせるっていう。本当に?極、稀に?それがこんな一軒家の軒先の、小さなスペースに?信じられない思いだった。

 里芋は、数日後、いよいよ花を綻ばせて、翌朝には美しい、儚い黄色をした花を咲かせた。花弁の形は、何だかカラーに似ている。あの武骨なお芋の花は、こんなに凛と美しい。花は、翌日から萎れ始めて、あっという間に終わってしまった。

 束の間魅せてくれた、里芋の密やかなるご褒美。これで秋に無事お芋が収穫できたら、言うことは無い。あらら、私は食い意地が張っている。

 嗚呼、十一月が待ち遠しい。

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