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短編小説

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#超短編

【短編小説】やん

【短編小説】やん

今日何度目か分からない落胆がテーブルの上に落ちる。
やってきていたハンバーグ定食に手を付けようと、箸を持ったところだった。
粘膜で動きを封じられたみたいに私の動きが鈍くなる。
 
「そういえばこの間『やん』とね…」
向かい合った先で、彩音が机上を眺めながら口をまた開いた。「ここ来たんだー。窓際の席だったかな。ドリンクバーだけでめちゃくちゃ居座っちゃったの」
ドリンクバーだけ。注文は席に置いてある液

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【短編小説】お久しぶりです恋人さん

【短編小説】お久しぶりです恋人さん

手を繋ぎたいです、と急に言われて、最初は分からなかった身体が、首の付け根からぐぐぐーっと熱くなって反応する。

「なに、きゅうに」

自分でもどんな顔をしているかわからないまま聞くと、

「たまにはいいでしょ」

と表情を変えずに返された。

指をからめることなく、握手みたいにしっかりと手を繋ぐ。
そのまま土手沿いを歩くと、ちらほらとスーツ姿で自転車をこぐサラリーマンや、大きなスポーツバッグを持っ

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【短編小説】知らない私を私は知らない

【短編小説】知らない私を私は知らない

1Kの間取りの部屋は、1人で暮らすぶんにはちょうどいい。孤独や不安を抱えている今の自分にはありがたい大きさだった。

明日は遅刻しないように、壁に着ていく服を、ハンガーにかけていた。本当は私服でいい会社だけど、入社式があるからスーツを用意している。その服をベッドの上で、三角座りして眺めている。

さっきまで、つい数週間前まで実家の自分の家で観ていた、推しているVtuberの投稿動画を眺めていた。そ

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