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淀川長治・蓮實重彦・山田宏一『映画千夜一夜』

淀川:ヨーロッパには2人犯罪者がいるのよ、ロッセリーニとゴダール。この2人が映画を潰してしもうたの。この2人を、私、一生恨んでんの、嫌いで、嫌いで(笑)。あんな奴がいるから、映画は誰でもつくれるようになっちゃったのよ(笑)。

ジャン=リュック・ゴダールの訃報に接したとき、本書の中の、この発言を思い出しました。戦前から浴びるように映画を観続けていた淀川ならではの言葉で、後段で山田が「潰したというか、映画を解放したというか。ヴィスコンティ だけだったら、いまもやはりなかなか誰もが簡単には映画をつくれなかったかもしれないですね。」とフォローしているように、いかに彼らの存在が革命的だったかを照射していると思います。

つけ加えるならば、淀川はゴダールもロッセリーニも優れた才能の持主であることは認めており、ゴダールについては『右側に気をつけろ』に素晴らしい評論を寄稿しています。最近河出文庫から復刊された『淀川長治映画ベスト100&ベストテン』の巻末には蓮實と80年代の映画を振り返る対談が収録されているのですが、そこでのゴダールをめぐるやり取りも面白いです。

という訳でゴダールの訃報をきっかけとして、本書を久しぶりに読み返したのですが、初読の時と変わらず、抜群に楽しい読書体験でした。雑誌『マリ・クレール』にほぼ1年間にわたって連載された鼎談をまとめたものですが、タイトルに偽りなし。誰でも知っている名作からマニアックな作品まで、次から次へと映画、映画、映画の洪水です。

三者三様の個性を楽しめるのですが、読みどころの一つは、淀川が蓮實、山田を手玉に取っているところ。例えば映画で四季がどのように描かれていたのかをテーマにした回の以下のやりとり。
※途中、一部省略しています。

山田:四季が、春夏秋冬が、そのまま全部入ってる映画はないだろうかって、電話で蓮實さんとも話し合ったんですけれど…。
淀川:まあ、2人してカンニングしてるの(笑)。2人とも卑怯ねえ(笑)
蓮實:礼儀をつくして予習していたつもりですが…。
淀川:そんなこと言って、よくも私のいないとこで2人電話かけたね、まあー、卑怯な人たちね(笑)。
でも一つ、最高の気候映画、言ってもいい?(笑)みんな好きだろうと思うけど、嫌いだ言わないだろうね。フフフフ。フェリーニの『アマルコルド』。
山田:あっ、それがありましたねー!(笑)
蓮實:そうだ。それがあった。
淀川:よかった、よかった(笑)。これ、春夏秋冬なの。

これはほんの一例で、淀川は蓮實を「ニセ伯爵」、山田を「山の手のお嬢様」と呼んでいじり倒します。特に蓮實重彦をここまでいじることができたのは後にも先にも淀川しかなく、そうした意味からも本書は貴重だといえるでしょう(笑)。この2人、意見を異にして対立することも多いのですが、一致したときはすさまじい。イングリッド・バーグマンが田舎臭いから嫌い、と気が合ってしまった2人。山田が『カサブランカ』のバーグマンもダメですかと水を向けると…

淀川:ダメ(笑)。
蓮實:『カサブランカ』はハリウッドの恥ですね(笑)。
淀川:あの映画、ちっともよくないもんね。
蓮實:よくないですねえ。
淀川:この人とはそういうこと、悪魔的に合うんだね。ハハハハ。
山田:そうかなあ…すごい映画とは思いませんけど、いかにもハリウッドならではの名作の香りがあると思うんですが、メロドラマとして。
淀川:もうこうなったら山田さんは幼稚よ(笑)。2人のこのにくらしいのに巻き込まれたら、もうダメやね。だってあんたは単純で清潔なんだから(笑)

『カサブランカ』のファンにはショックかもしれませんが、気心の知れた相手と率直な意見を交換しあってるのも本書の二つめの読みどころです。

しかし、本書の一番の読みどころは、淀川が「お二人はお若いからご覧になったことはないでしょうけど…と茶目っ気たっぷりに語り出す、フィルムの消失等で現在はもう見ることの叶わない、数々の映画の話です。冒頭のシーンからラスト・シーンまで、おそるべき記憶力と、カメラワークのような描写で語られ…いや淀川節で〈上映〉されるこれらの映画について、読者の私たちも実際に観たような思いにさせられるのです。

千夜一夜物語のシェヘラザードや、『イリアス』『オデッセイア』を残したホメロス同様、ここでの淀川は数々の映画を語りで残してくれた、伝説的語り部と呼んでも大げさではないでしょう。

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