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#21 別角度から味わう築地、歴史の香りを追う(築地場外市場/東京)|写真とひとり散歩

2018年(平成30年)に閉鎖した築地場内市場。
現在は、更地になっており、周りを柵で囲まれている状態で2038年を目処になんらかの施設ができるらしい。

ただ、築地場外市場は健在である。一般的には食べ歩きというイメージが強い街だが、実は歴史ある建物が多い。
きっとオールドコンデジと相性抜群だろうと思い、レトロ建築を目当てに散歩をすることにした。
 
今回のお供は、PENTAXのOptio S5i(2004年9月発売)だ。


解体された築地場内市場

現在の様子は、朝日新聞の運営しているYoutubeのライブカメラで見ることができる。

昼間の様子 本当に何もなくなってしまっている
(朝日新聞のYoutubeライブカメラより)

解体をされる前は、広大な市場があり、特定時間以降は一般見学も可能だったらしい。
現在は豊洲に移転したが、こちらも見学は可能なものの、一般見学者用の通路が別に用意されており、関係者と入れるエリアは分かれている。

かつての築地場内市場
(朝日新聞デジタルのYoutubeチャンネルより)

解体される前に一度行っておけば良かったと今更ながら思っており、まさに後悔先に立たず。

未だ健在、築地場外市場とは?

築地場外市場は、築地4丁目と6丁目にまたがる縦400メートル、横120メートルの範囲にある。

NPO築地食のまちづくり協議会が運営するHPによると以下の説明がなされていた。

築地場外市場は日本のさまざまな食の専門店が集まる総合市場です。鮮魚、青果、精肉、乾物、干物、調味料、調理道具や器、さらには飲食店まで、およそ460の店舗が営業しています。業務用仕入れの方、周辺にお住まいの方、観光の方など、幅広いニーズに対応できる市場として賑わっています。

NPO築地食のまちづくり協議会運営のHPより

アクセスも便利で、都営大江戸線の築地市場駅から、徒歩2分ほどの場所にあり、連日多くの観光客で賑わっている。

都営大江戸線 築地市場駅のA1出口を出る
出口を出て右に真っ直ぐ行けばすぐに見えてくる

一般客向けの営業時間は、主に平日と土曜日の9:00〜14:00で、日曜と祝日、所定日が休みだ。
今回は、食べ歩きを目的としていなかったため、人がいなくなる時間帯を狙って15:30頃に到着した。

狙い通り、人はまばら

築地場外市場へ到着すると、予想通り人はまばら。
もちろん、店もほぼほぼ営業を終えている。

信号を渡った先はレトロな街並みが広がっている
手前の方は少し新しいような外観

期待通りの状態だ。
閉店作業をしているお店の方の邪魔にならないよう、散歩を開始する。

少し人がいるものの 営業時間中のような混雑というほどでもない

築地といえば、海鮮だ。
店頭で焼いてくれるタイプの店もあり、まだ営業中と思われる設備があった。

裏路地を覗くと、ダンボールなどが積まれ、市場らしい光景も垣間見える。

排水路があるのも市場ぽい要素だ

厳しく規制された景観

実はこの築地場外市場、築地場外市場デザインガイドラインというものが存在するらしい。

レトロな店が立ち並ぶ

その内容を見てみると出店や改装をする場合には、事前協議が必要で、例えばパチンコ店や風俗業などは出店が禁止。
また、建物の1階部分は店舗にしなければならない、派手な色や照明、激安といった類の過激な表現は禁止など、景観をかなり重視したルールが決められている。

昔ながらの看板が残る

確かに散歩をしていても、雰囲気がいきなり変わることもなく、昔ながらの雰囲気を感じることができる。

ゴミなども落ちておらず古いながらよく整備されている
こういう手書き感が残る看板が好きだ

歩いていると、ふと鯨と書いてある店舗を見つけたが、シャッターと窓にまたがってガムテープが貼られていた。
これは、景観的に大丈夫なのだろうか?

かなり厳重…
これはこれで味があるので嫌いではない

この店舗の現在を調べてみると、鯨の登美粋という鯨料理の店だったらしく、現在は建物老朽化による移転のため、2024年6月から営業終了をしているようだ。
ただ、移転先は今のところ決まっていないのか、催事やイベント出店の情報しか見つけられなかった。
さらに歩いていると、一部営業している店舗もあった。

14:00以降は自由営業の時間らしい

レトロ建築、発見

さて、歩いていると目論見通り、レトロ建築を発見した。

この通りにはなかなか古そうな建物がある

小見山商店

まずはこちら。1階部分は店舗で木造ぽい和風、2階部分は洋館のような佇まい。
和洋折衷建築のような外観だ。

中央区のHPによると、白亜の組石造風の鉄板看板建築との説明のみで、竣工年代は記載がなく、震災後との記述のみ。
調べては見たものの、詳細があまり分からなかった。

小見山商店として包装用品を売る店舗と
OIDEYAという肉屋が併設されている様子

ただ、店主の方のインタビューでは、築地で商売を始めたのは大正12年で、その後現在地に家を建てたという話だったことと、見た感じ、和洋折衷建築ぽいが昭和10年前後に流行った帝冠様式ではなさそうなので、おそらく震災以降の大正後期〜昭和初期の建物ではないかと思った。

熊出屋山野井商店 ほか

続いては見つけたのは、銅板貼り看板建築だ。
以前、神田須田町でも見たが、外観が青緑になるためすぐに判別がつく。
この建物の裏側には、圓正寺というお寺があり、関東大震災以前からこの場所にあるらしい。

開店しているときはこのシャッター前に商品が並ぶようだ

この通りには、銅板貼り看板建築が並んでおり、より歴史を感じられる通りとなっている。

ずらっと並ぶ看板建築

この建物は、昭和10~20年頃に建てられたとのこと。

銅板建築は、関東大震災後の復興において、街を華やかに彩る、見る人を元気付けるという意味合いで流行したらしい。

レトロな看板もばっちり残っている

しかし、1950年に施行された建築基準法により、銅板建築は建てられなくなった。
そのため、大正末から昭和25年の30年弱という短い期間に建てられたものだと考えると、より貴重な歴史的建造物であることは明白だ。

岩元ビル(一不二うつわ)

少し歩くと、表通りに見つけたのは、この建物。
築地の中で最も古い建物のひとつらしい。

人の顔の装飾などちょっと独特だ

昭和6年竣工で、正面から見ると洋館風。
かつては、このすぐそばに川が流れていたとかで、岩元ビルは川辺の建物だった過去があるらしい。
しかし、築地はその名前の通り埋め立てをして築かれた土地だ。
今は、築地場外市場内に川はない。

玉八商店 ほか

築地場外市場から、少し歩くと見えてくる建物群。

なんとも言えないレトロ感

手前の玉八商店は、昭和25年に竣工されたようだ。
中央区のHPには、築地川の護岸地形を活かして地下を設けるとの説明があったが、この建物に地下があるようには見えないが…あるんだろうか?

並ぶ看板建築

裏から見るとこんな感じだが、玉八商店までよく見えない。

コンクリートの壁が視界を阻む

最後に散策して帰宅

さて、歴史ある建物巡りはできたので、築地場外市場の街並みも見ておこう。

営業が終わると一斉に人がいなくなり
お客さんは数える程度
こういうバックヤードってちょっと気になる
このタイプのバイクで荷物を運ぶのが築地式のようだ
いくつもの店舗でこのバイクがおいてあった
きれいに積まれている
なぜかパン屋もあった
人通りはまばらでカメラを持っている人もいない
最後にパシャリ

食べ歩きはしなかったものの、歴史と時の流れが作り上げた街の風情という別角度から築地という土地の魅力が感じられた。
やはり、オールドコンデジがこの築地という土地の雰囲気に合っていたように思う。

次は、食べ歩きに来てもいいかと思うが、かなり混みそうなので、気合いをいれなければならない。

ただ、建築物を見にくるだけでも相当楽しいので、その場合は人がいなくなった夕方がオススメだ。


📷PENTAX Optio S5i

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