「──およそ一世紀前頃から我々の地球は気温が低下し続け、現在の全球凍結に至るまで、地表の温度は上がっていません──」 今日の日付と同じ出席番号の女の子が、教科書を読み上げている。おれは集中していない。なぜなら、明日の終業式が終われば夏休みが始まるからだ。 窓の外を眺めると、深い、深い暗澹が広がっている。 その暗澹が揺らめいて、目が疲れてるのかと思えば、教室の窓の横を、大きな鯨が通り過ぎるのだった。 ──抹香鯨だ。 窓の外の景色に気付いた人から、一人、また一人と広がり、
輸血パックにストローを挿して飲み下す。 美味いモノではない。血液など、飲食物として採られていないのだから当然だ。ヒトはこの量の血を飲んだら腹を壊すので、これからも血液が飲食物となるのは叶わないのだろう。従ってこの先、残念なことに、血液の味が改善されることはない。 血液の美味さとは、血を保持していたときの身体の健康さと、血が採られてから経過した時間──即ち新鮮さによる。吸血鬼に回ってくる輸血パックなど消費期限切れかつ廃棄寸前で、その時点で新鮮さなど議論するのもナンセンスで
ごーん。 母が「おりん」を鳴らした。あの土釜みたいなやつ。 「あんたも手くらい合わせなさいよ」 「おあ」箸を置いて、大してでかくもない仏壇に手を合わせる。 そこには、兄がいる。 今日は兄の三回忌だ。 俺が中3の冬に兄は死んだ。大学生活を機に一人暮らしをしていた兄の遺体は、父が確認しに行った。真っ青な顔をして帰ってきた父を見て、母は呆然としていた。俺は受験期だったけど、父の車で兄の家まで行って、葬式にも出た。 「一人で帰るから」と、母に無理を言って、その日は兄の家に
なんの感情なく一日を過ごしてしまった。 よく、歌詞などで、「変わることがこわい」「挑戦を恐れないで」というのを見るけども おれには馴れのほうがおそろしい
ヒモくん:円城寺棋生(えんじょうじきせい) 27歳、現在無職。 日課:お皿洗い、お花に水をやること、お菓子作り、心療内科通い 得意なもの:暗記、暗算 苦手なもの:目を合わせること お姉さん:楠井ゆう(くすいゆう) 27歳、薬剤師。 日課:棋生を可愛がること 得意なもの:仕事 苦手なもの:虫 からからからと音を立ててから、緑の毛氈(もうせん)の河より山が這い出でくる。この山を、壁牌(ピーパイ)または牌山という。 らしい。 二十七歳で無職の僕は、仕事に行っているゆうちゃん
要するに重力というものは無いほうがよい。 例えばコーヒーを運搬する時であるとか。 「すみません。即刻洗浄します」 一秒前にコーヒーまみれだった僕は洗浄機の水圧で水浸しになった。 「ありがとう、EOU……できれば、タオルを貰えるかな」 「どうぞ」 「一枚でいいよ」 「怒っていますか? その場合、航行に影響を及ぼす場合があります」 「…………」 「……俺たち友達だろ?」 「それを今きみが言うのは確実に違うよ」 僕とこの直方体クソアホコンピューターEOUを乗せた宇宙船「セイ
秋田大学文芸部2020年度部誌にて吉川が寄稿した「Nobody knows why I can't "Live". 」の蛇足です。いつもの通り作品外で言うことが特にないので内容は無いです 本編は無料で読めます↓ ・タイトルについて なにも思いつかなくて適当に付けてしまいましたし文法的に正しいのかすら分かりません。 ・余命について 本当なのか政府の嘘なのかは個人の解釈にお任せするので別に読まなくていいですが、 一応余命が16年以内という診断は本当であるという前提で書いていま
クリスマスなので、粘土で彼女を作った。 日本の神様は矛で海を捏ねて国を作り、僕は粘土を捏ねて彼女を作った。ユダヤ教におけるゴーレム、ギリシャ神話におけるガラテア、ヒンドゥー教のガネーシャ。古今東西、粘土とか垢とか、全く生命力の欠片もないものから作られた伝承は多い。その一端に僕も加わったと言うだけの話なので、別に物珍しくもないだろう。 口でも作るか、と顔のあたりをグニグニと触っていたらその窪みが口と判定されたようで「やめて」 と彼女は初めて言葉を発した。喋った! どうい
昼過ぎのことである。 薬局のスキンケアコーナーで、妙齢の婦人に声をかけられた。 「わたし85歳なんだけど、いつも娘がこういうの(化粧水)送ってくれるの。でも、あんまりずっと世話させるわけにもいかないじゃない。自分で選びたくて」 実際、85歳と思えぬ、肌にハリがあり、喋り方もはっきりしていて、歯は全部あるんだろうなとか、普段から孤立を避けてこうして喋っているんだろうな、という様子だ。人並みにシミや白内障らしき瞳ではあったが、美しく歳を老いたひと、の典型みたいだった。 自力で美し
7月ももう終わる。 前回の日記を見たら、去年の10月とあった。 その間、何をしていたのだろう。 日記を書いていた頃は、なにも出来なくて、なにも覚えていなくて、幽霊になったような透明な日々で、それもそれで悪くはなかったのだが、死ぬに至らぬ要件があったから、せめて人間でいることをつなぎとめられるように書いていた。 今はそのようなことはないから、書いていなかった。 けれど、同じように、何をしていたのか思い出せない。 それでも、それを怖いと思わなくなったから、これを寛解と呼べるのだろ
秋田大学文芸部2022年発行「ハイツスーパービッグラブ」204号室担当の吉川宗一です。 読んでくださってありがとうございます。 DL版はこちらから(無料です)👇🏻 発行から4ヶ月たち、書いた当時の記憶が無くなってきたので改めて読み返しています。書いておいてなんですが、特に自分から言うことはありません ・「The red string of fate」運命の赤い糸 偶「運命の赤い糸ってstring(弦)って表現するんだ!? かっこいっ」と知りそのままつけました 糸ってより
早く起きて損をした気持に成る。三文の価値とはこの感情か。 古本を開くと短い髪が挟まっていた。前の持ち主のものだろうか。茶色で、根元がほんの少し白かった。 床に放り投げた。もう見つけられない。
7:24起床。眠すぎるが、体は軽い。睡眠時間は十分なはずだ。たまたま目覚めがレムとノンレムの切り替えのよくないタイミングだったのだろう。朝トーストと卵とウインナー、オレンジ。映画みたいな朝食。 14:35。暑かったり寒かったりする。手が冷えていた。左利きがホワイトボードに大きく字を書くのを忸っと眺めていた。よくも器用に書けるものだ。左利きなら、横線を右から左に書いたほうが書きやすそうだが、どうなのだろうか。少なくとも、学校では左から右と習うのだろうから、それに倣っているのか。
仮睡から覚めれば外は銀灰色の湿気を上げていた。バスの運転手が「雨が激しくなってまいりましたのでちかくの窓を閉めてください」と言う。自分は腕を後ろにして窓を引いた。 雨のことは陰鬱で嫌いだったはずなのだが、いつからか好ましくなった。眺むと落ち着くような、そして同時にそれを表現したくなるような、ともかくも自分にとってよいテーマとなった。ただし己が室内なり濡れない保証がある場合のみである。 手には漱石の草枕がある。必要があって読んでいたのだが、栞代わりに人差し指を挟んでそのまま眠り
自分は本日100円を拾うた。 自席の隣に100円が、誰にも気づかれないようひっそりと存在しており、自分は気が気でなかった。拾うたのは、人の話を聞くにあたって散漫になるから対象を除去したなどという立派な理由ではない。現に人の話を聞いている間にはその100円に触れなかったし見もしなかった。盗みがばれるからだ。そう、この100円を財布に入れるは窃盗であると理解していた。自分は100円を1円100枚分の価値があるものとして見ており、またその価値が欲しかった。100円は小銭であるという
陽気に外を歩いていたら捻挫した。