PMF前後に求められる人材と、「ドメインエキスパート」の重要性
「スタートアップや大企業の新規事業がPMFするために必要なこと」について解説するシリーズも9回目。
今回はPMFに必要な人材獲得のタイミングについて書いていきます。
PMFと人材獲得のジレンマ
スタートアップにとって人の採用はとても大きな課題ですが、PMFする前後で、獲得できる人物像はかなり変わってきます。
採用まわりを見ていると、よく「ゼロイチのフェーズが得意です」とか「90を100まで持っていくのが強み」なんて言い方をしますよね。
何もないところから新規事業を生み出すのが好きで、能力的にも得意だったり、あるいはある程度成熟した環境で一気に数字を伸ばすのが得意だったり。人が成果を出せる場所はさまざまです。
ちなみに私は完全に“ゼロイチ”タイプの人間で、これまでもキーエンス子会社で新規事業を立ち上げたり、その後もスマートニュースやメルカリなどのスタートアップで営業組織を立ち上げたり、新規事業をマネジメントしていました。
PMFを目指すスタートアップはだいたいがゼロイチのフェーズです。アイデアはあるものの、プロダクトはまだないか、あっても売れるかどうかわからない状態です。そこで試行錯誤のスピードを上げて、顧客ニーズにフィットさせていくわけです。
そういったPMF前の段階では一般的にハイスペックな人材を獲得するのはかなり難しいです。事業が黒字化していないので、十分に資金調達もできておらず、高い報酬を支払えないからです。
一方で、PMFを達成して10→50、70→90とどんどん成長していくフェーズになると、事業は当然黒字化していて、資金も調達済みであるため、GAFAクラスの人材が採れます。
しかし皮肉なことに、PMFをした状態ではプロダクトが市場で受け入れられているので、マーケティングの施策もハマってきますし、営業の難易度は下がります(もちろん他の難しい課題も出てきますが)。
つまり極端に言えば、PMF前のゼロイチ、あるいは1→10という事業的にも難易度が高い場面では優秀な人材を採用しづらく、PMF後になって誰でも商品を売れる状態になって、ようやくシニアな良い人材が採れるようになるわけです。
PMF前の大変な時期になかなか採用できない。ここにスタートアップの人材獲得のジレンマがあります。そのため、PMF手前のフェーズでは創業者や事業責任者クラスを軸に進めていくことになるケースがほとんどです。
ということは、です。
逆に言えば、そのタイミングでチャレンジすることこそが、スタートアップの醍醐味だと思いますし、さらに言えば、そのタイミングだからこそ大きなバリューを発揮できるチャンスでもあります。
そう考えるようになった理由を、私の経験から語りたいと思います。
相対的にバリューを出せる場所を探す
私がこれまでのビジネス経験を通してはっきりと感じたことは、自分の勝負するフィールドはあくまで“ゼロイチ”フェーズだということです。直近のスマートニュースやメルカリで働いた時には特に強く感じましたし、そしてそれが起業のきっかけにもなりました。
いくつかの会社で感じたことですが、事業が成長してくるにつれて、社内に一気にライバルが増えるわけです。例えばスマートニュースがユニコーン企業に認定されたりして、たくさんのメディアに取り上げられたりすると、広告会社なのでGoogleやFacebookから優秀な人材が入ってきます。
そうなると、その人たちと同僚として同じフィールドで競い合うことになります。完全に成長フェーズに入った企業でビジネスを「70→90」に推し進める仕事は、社内にライバルがめちゃくちゃ増えてきます。
そこではじめて、「優秀な人がどんどん入ってくるのならば、自分はリスクを取って別の場所に行ったほうが相対的にバリューを出せるんじゃないか」という感覚が出てきました。
そういう背景もあって起業を決意しました。
このプロセスを経験して思うのは、ゼロイチや1から10にするところが最もエキサイティングだし、その一方で優秀な人がチャレンジしてこない領域だということです。
本当はそういう人たちこそPMF前後の会社には必要ですが、報酬も払えないですし、当人の安定志向が強かったりして現状ではかなり少数にとどまっていると思います。
つまり、マジョリティ層がやりたがらなくて、かつ難易度が高い場所、それがPMF前後のスタートアップです。その時期のカオス状態は人によっては大きなチャンスだと思います。個人的にはどんどんチャレンジするべきなのでは、と考えています。
ドメインエキスパートの助けを得る
新規事業でプロダクトをつくるにあたって、ターゲットとする市場への深い理解が欠かせません。どんな課題があって、それをどうやったら解決できるかという仮説を立てていきます。
しかし、ニーズが顕在化されているのは稀で、お客さん自身も自分の欲しいものがわからないことはよくあります。
例えば工場で、紙のチェックリストで設備点検してる部署があるとします。日々の仕事に追われるなかで、その作業を電子化したいなんて発想が出てくるとは限りません。逆に紙のチェックリストをもっと充実させたいと思うかもしれません。
それまで顕在化していなかった課題を、想像もできなかった方法で「解決できる」と提案するのがイノベーティブな企業なのです。
そこでPMFを目指すスタートアップが最近こぞって採用をすすめるのが「ドメインエキスパート」と呼ばれる人たちです。
これは特定業界に精通した専門家のことです。金融業界、人材業界、自動車、建設、医療などなど、分野はさまざまです。
こうした特定業界のプロをスタートアップが社員として迎え入れることが増えてきました。例えば、SmartHRは株式報酬SaaSを提供する新会社としてNStockを設立しましたが、そこでは企業でストックオプション制度に関わる業務を経験していた人をドメインエキスパートとして採用しています。
メルカリもメルペイ事業を立ち上げるときは、金融業界や証券会社で働いてた人を採用しています。ほかにも決済関連のSaaSを提供する会社が、レジ端末を販売してる会社で働いてた人を採用したりしています。これにより業界特有の知識や商流の理解が深まって、プロダクトの完成度が高まります。
このドメインエキスパートを外注できるサービスもあります。その1つである「ビザスク」はいろんな分野の専門家を検索し、短時間のインタビューができるサービスです。市場調査や新規事業の検討のときに非常に役立ちます。
市場調査目的でヒアリングしたり、新プロダクトのコンセプトについて意見を求めたり、私も支援先企業の新規事業に取り組むときによく使っています。こういったスポットコンサルはPMF前のスタートアップ企業では利用機会が増えていると思います。
ドメインエキスパートの採用は実はかなり前から、いろいろな業界で見られました。私がいたスマートニュースは広告関連のサービスを提供していたので、大手広告代理店やGoogleなどで働いた経験を持つ人材を採用していました。彼らはデジタル広告の最先端の知識と経験を持っていて、効果的な広告戦略の立案や実行に大きく貢献します。
有名な方の例だと、スマートニュースはアットマーク・アイティの創業者であり、アイティメディアの代表も務めた藤村厚夫さんを2013年に執行役員として招いています。当時はメディア事業開発を担当されていましたが、いまで言うところのドメインエキスパート的な側面もあったのではないでしょうか。
藤村さんが参画したことで、ニュースアプリとしての信頼性も高まったのではないかと思います。
他にもドメインエキスパートが活躍する業界はたくさんあります。
CADDiのような製造業向けのサービス提供する企業だと、製造業の現場で働いてきた人材を採用しています。製造現場の実態や課題をよく理解した上でサービス開発や営業活動ができるのが利点です。
建設業向けのSaaS提供する企業では、鹿島建設などのゼネコンで働いてた経験者を採用するケースが多いです。これらの人材は当然、建設業界特有の課題やニーズを深く理解してて、お客さんと共通言語を持てるのが強みです。
物流会社出身者を採用する物流系のスタートアップもあります。ITとは違う業界の知識が必要なバーティカル領域を攻める企業の場合、ドメインエキスパートを採用するのはもはや一般的です。
ドメインエキスパートがいることで、お客さんとの信頼関係を構築しやすくなり、「この会社はよくわかってるな」という印象を与えられます。
彼らの知識や経験、人脈は、スタートアップの事業成長と信頼性の向上に大きく貢献します。また、業界特有の課題やニーズを深く理解してることから、製品開発や営業活動においても大きな強みになりますね。
「スタートアップや大企業の新規事業がPMFするために必要なこと」を書いていく連載。シリーズ第9回は“ドメインエキスパートの重要性"について解説しました。
次回はおそらく最終回「PMFを達成した後に考えるべきこと」です。よかったらnoteをフォローしてお待ちください。
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