見出し画像

エッセイ『きょうの肴なに食べよう?』を読んだ話。

作家クォン・ヨソンさんのエッセイ『きょうのさかななに食べよう?』を読みました。

さかな。お酒のおつまみ。
ヨソンさんはお酒が好きで、この本の中にもソジュ(焼酎)が多く登場します。
そもそも彼女の小説集『春の宵』の原題が「あんにょん、酔っ払い」なんだそうです……どうして日本語訳タイトルがああなったんだろう?

「あんにょん、酔っ払い」刊行後に小説も話す事もお酒の話題ばかりだと言われたヨソンさんは、小説の中だけでも「禁酒(お酒を飲む場面を書かない)」を試みるのですが、たちまちスランプに陥ったと言うエピソードが紹介されています。

この本の原題は『오늘オヌル ムォ 먹지モクチ?(きょうなに食べよう?)』です。
肴、と言う単語が加わっただけでお酒のイメージが加わりますね。こちらは名訳!

美味しく食べて、美味しく飲んで

お酒にまつわる話も多いのですが、幼い頃からの思い出や良く作る料理などについての描写がとても良いんです。
家庭料理として、日常的に食べるものとしての韓国料理がたくさん登場します。

締め切り前に作るキムパプ(海苔巻き)。
塩辛を漬けるのはナムルを作るより簡単だと知り、手作りで様々なお粥に合わせて。
何故か食べたくなる冷麺。
自分が激辛好きなのは真夏の生まれだからなのかと思いを馳せつつ、辛い青唐辛子を買い込む夏。
(ちなみに韓国ではあまり辛くなく色付けに使うような唐辛子粉もあり、辛いものが苦手だったお母様はそればかり買っていたそうです)

K-POPアーティストの動画を見たり韓国ドラマを見たりする方々は、日本語字幕で「美味しく食べてね」と言った表現を目にした事があるかと思います。
毎日の食事を美味しく食べる、それが本当は一番良い事なんだろうな、と韓国料理について知る程に実感するのです。

ソウルフードは一人一人違う

ヨソンさんは慶尚北道キョンサンポクドの出身で、海産物を食べる機会が多かったようです。
一方、お父様は海沿いが故郷でお母様は内陸部育ちのため、御夫婦で料理の好みが合わなかったりもしたそう。生まれた場所は舌も変えるのでしょうか。

この本の中でヨソンさんがソウルフードだと述べているのは、ハイガイと言う貝の煮付けです。ハイガイの身はまるで「瞳」のような見た目なのだとか。

 食べ物は危機と葛藤を生むこともあり、和解と癒やしを与えもする。共に暮らす家族のことを「一食口ハンシック」、つまり食事を一緒にとる口の集まりと表現するが、共に生きるためには愛とか熱情も大切だが、スープの味付けやキムチの味もそれに劣らず大切になってくる。

『きょうの肴なに食べよう?』
第四部 冬・はじめての味
私のソウルフードはハイガイの煮付け

お母様が作ってくださっていたハイガイの煮付けを再現するだけでなく、自分なりにアレンジを加えて受け継いでいるヨソンさん。
ソウルフードとは、自らの舌にぴったり来るものに変化して行くものなのでしょう。

好きなものを語る中で、ヨソンさんはずっと食べていた母の味への不満、そしてお母様との葛藤も語ります。
激辛が好きなヨソンさんと、辛いものが駄目なお母様。
宗教に入って完全菜食主義になってしまったお母様の料理が受け入れられず、独り暮らしを始めて好きなものを食べホッとした日。
食の思い出は、温かいだけではないのです。

美味しく楽しくほろ苦いエッセイ

ヨソンさんの文章からは、日常の食事風景が見えて来るし味まで再現されるようです。チョン海玉ヘオクさんの訳も軽やかで読みやすい。
作り方の書いてある料理は、作ってみたくなります。

食事にまつわる記憶は味だけではなく、作ったり食べたりした時の思い出もあるのです。
それは時に楽しく、時に苦く、時に甘酸っぱい感情を調味料にしてくれて、これからも人生を彩って行くんですね。


※ヘッダー画像は「みんなのフォトギャラリー」からお借り致しました。ありがとうございました。

この記事が参加している募集

ちょこっとでも気紛れにでも、サポートしてくだされば励みになります。頂いたお気持ちは今のところ、首里城復元への募金に役立てたいと思います。