年末年始の特急電車が連れて行ってくれる場所
年末年始。
帰省に伴う行き帰りの移動。
新幹線、特急電車、飛行機、自動車……。
今年帰省するあなたも、きっと何かしらの乗り物を利用して移動することだろう。
僕は年末年始の帰省では、学生時代は新幹線、今は特急電車を利用している。
行きは、今年1年で起こったこと、自分が頑張ったことや変化を振り返りながら実家へと向かう。家族、友人から「刺激」という名のおみやげをもらっての帰りは、新たな1年の目標や頑張りたいことを考える。
同じ車両に乗っている方々の表情、いつもとは違う非日常の景色。
隣の人はこの1年どんな年だったのだろう?
年末年始は、どのようなことをするんだろう?
あ!新しく建物が建ってる!どんな施設なんだろう?
僕にとって、移動中に考えたり物思いにふける時間は、1年の中で何よりの至高のひと時だ。それをさらに引き立たせるのが1冊の本。日々の喧騒を忘れて本に向き合えるひと時。それは、長期休暇だからこその特別な時間だ。しかし、僕にとって年末年始の特急電車はゴールデンウィークや夏休みなどの他の長期休暇とは違うものを感じている。
2年前の年末年始
寒波の襲来により、天気は大荒れ。
30代に突入した僕は、ひたすらモヤモヤしていた。
仕事もプライベートも上手くいかない。上司と衝突したり、失恋したり。
周りは結婚、昇進など前へ進んでるのに対して、自分は止まっているどころか後退している。でも、僕には良いところがないから何をしても無駄、何をやっても意味がない。なんなら環境のせいかもしれない。とにかくイライラしていたし、やる気が出なかったし、誰とも会いたくなかった。
そんな心境で迎えた年末年始。
時間もあるし、帰省時の特急電車で何か長編の小説を読んでみようかと思い書店へ。目に留まった店頭に並べられている本。脇にある「本屋大賞受賞作!」「累計100万部突破!」「堂々9冠のベストセラー!」といった過剰にも見えるPOP。
「そんなに面白いのだろうか?まあ騙されたと思って手に取ってみるか」
そんな半信半疑の思いで購入して、地吹雪の中を駆ける特急電車の中で読んだ本。
それが、辻村深月さんの『かがみの孤城』だった。
あの時、何かを考えさせられたとか表現や心理描写がどうこうとかは深く考えずに読み進めていった。ただ、後半の怒涛の伏線回収を読んだ時の感動は今も蘇ってくる。まさに衝撃、そして感動だった。
「世の中にはこんなに面白い小説があったんだ」
当時の語彙力がない僕が浮かんできた稚拙な感想。でも、その時感じたことが僕の心境を大きく変えた。
これまでも小説は読んできたけど、まだまだ知らない面白い作品がたくさんある。
小説に限らず、自分の知らない面白いものがたくさんある。
もしかしたらこれから先、今は想像できない面白い出来事が待っているかもしれない。
なにか、これまでの悩みやモヤモヤがとたんにちっぽけなものに思えた。
まさに、物語の強さを感じた瞬間だった。
この1冊がきっかけで辻村さんの作品に読みふけった。魅力的な登場人物たちが自らの内面と対峙して、相手に、そして自分に向き合う。フィクションでありながら、辻村さんの作品1つ1つに感銘を受けた。そして、改めて自分の人生と向き合うことができたと思っている。
特急電車で読んだ1冊が、「向き合うこと」を僕に教えてくれた。
1年前の年末年始
あれから少しずつ前向きになっていった僕だったが、またしても立ち止まっていた。
物語から力をいただいた僕は、読むだけでなく「書くこと」に取り組みたいと思い、ブログとWebライターを始めた。
自分の書いた文章が日本中に広まる。自分の書いた記事がきっかけで商品を購入する方がいる。自分が書くことで誰かに感謝していただける。
これまでの日常では味わえない新たな世界が開けていくような気がしていた。自分のブログがキーワード検索で1位になることもあったり、月に数万円の収入が入ったりもしていた。
しかし……。
仕事が終わってから、2~3時間パソコンに向き合う日々。本業でも常にパソコンを使用しているため、次第に眼精疲労が抜けきらなくなっていった。このままでは本業にも支障をきたしてしまう。
そして、「〇〇はこうあるべき!」とまるで自分の正解を押し付けているかのようなSNSの投稿。これ以外は認めないかのような文章のルールの提示。オフ会に行った際の、自分の実績を誇らしげに語る自己主張の強い方々。
なんのために書いているのだろう?お金のためなのだろうか?誰かに凄いと思われたいからだろうか?本業は?
僕は心身ともに疲弊していった。
自分の進む方向が分からなくなり、ついには書こうとすると手が止まるようになった。誰かに監視されているような気さえした。
そんな中で迎えた年末年始。
昨年と同じく特急電車で読む本を探しに書店へ。書く気持ちはわかない状態のまま。しかし、僕は文章術のコーナーに立っていた。きっと心の奥底では、まだ書きたい気持ちは残っていたのかもしれない。でも、どの本も熱量が強めで手に取る気にならない。そんな中で目に留まったある1冊の本。パラパラっとめくった先にあった、
「書く」ことをもっと自由に考えてほしい
という言葉。
「今のあなたのために書いた本です」と呼びかけられている気がした。
それが、いしかわゆきさんの『書く習慣 〜自分と人生が変わるいちばん大切な文章力〜』だった。
これまで読んだ文章術の本のような堅苦しさがなく、それでいて大事なことを教えてくれたような感じがした。
文章の正解は自分で決める。
自分の感情を言語化すること。
その瞬間のことはその瞬間の自分にしか書けない。
正解なんてないのにまるで正解が提示されているような中にいて息苦しさを感じていた僕にとって、進む方向がうっすらとではあったが見えてきた気がした。
お金とか凄いとかではなく、書くこと、その気持ちを大事にしよう。
心身ともに余白がある状態で自分を表現しよう。
あれから1年。
「書くこと」は食事や睡眠のように当たり前の行為となっている。
文章が上手くなったかどうかはわからない。でも、書くことが与えてくれたものは大きかった。
モヤモヤを言語化することで、明日という未知の世界を生き抜く力になっている。書くことを通じて、言葉に触れることが好きであることをはっきりと認識できた。さらに、書くことでこれからやってみたいこと、挑戦したいことがどんどん出てきた。
特急電車で読んだ1冊が、書くことの尊さを僕に教えてくれた。
そして、今年の年末年始
例年になく穏やかで温かい年末年始。
駅の高架化工事により、この2年間で駅構内の様子は見違えるように変わった。これから完成向けて引き続き工事は行われる。
未完成の中でも少しずつ着実に変わっている。工事が終わり新たな姿を見せた時、僕はどうなっているのだろう?
そんなことを思いながら帰省ラッシュで人が溢れ返っている駅構内にいた今日、2023年12月31日。
日本海の夕日をイメージさせるような車体がやってくる。
乗り込んだ後に、一昨年、昨年と同じく、車内で1冊の本を出す。
特急電車の行き帰りが向かう場所は、実家や今の住まいだけではない。
1冊の本とともに、今年の特急電車は僕をどこへ連れて行ってくれるのだろう?
発車のアナウンスが告げられる。
帰省する一人一人の想いを背負って、車体がゆっくりと進んでいく。