今年の冬も、暖かいのは「便座」だけ。
俺にとって、冬に、クリスマスに暖かいのは「便座」だけだった。
毎日使うトイレにその日だけは愛着が湧いた。
「お前だけは、お前だけはずっと暖かくてそばにいてくれるんだよ」
便座に呟きながら、便座を撫でまくった。
人としての行為じゃないことは承知済みだ。
もちろん、この話をすると周りの友達もまっさらいなくなる。
「お前、いい病院教えてあげようか?」
友達の最後の言葉はみんな揃ってこうだ。
至ってこっちは真面目にやっている。
ひとりぼっちの悲しさを、便座が癒してくれる。
そう、推しアイドルのテレビを早く見るために楽しみに家に帰るように、俺は毎日のように便座を楽しみにして帰っている。
周りの目など気にしない。
もう母からも諦めを感じる。
しかしある日突然、このままでは彼女もできないと思い、便座を卒業する。
今年の冬こそはと新たな出会いの思いをのせ、俺は高校生になった。
* * *
高校生活が始まってから1ヶ月ほど立ったころ、俺は市の図書館にいた。
最近気になっている本があるのだ。
見つけた、と思い手を伸ばす。
すると本ではない何か肌のような感触が手に伝わった。
恐る恐る隣を見ていると、そこには俺と同じくらいの女がいた。
「すっ、すいません。」
これはきたと思った。
まるで映画のワンシーンのような運命的な出会いだと思った。
俺は一目惚れしてしまい、思わず口を開け尋ねた。
「連絡先、交換しませんか?」
突然のことに女はびっくりしていたが、快くしてくれた。
家に帰り、スマホを眺める。
女の連絡先が、目に写っている。
心を決め、メッセージを送信した。
「なに高校ですか?」と送った。
するとすぐに返信が返ってきた。
「青葉高校です。」
これはもう完全なる運命だと確信した。
俺も青葉高校なのだ。女と年齢は同じとさっき図書館で聞いた。
これはつまり同じ学年にいるということだ。
「まじで?何組?」
と送信するとまた早く返ってきた。
「3組です。」
3組か…俺のクラスの3つ前だな。いろいろな思考を頭に巡らせていく。
「俺らの学校クラス結構あるからね。またあったら話そうよ。」
と送る。
すると女はこう返信してきた。
「うん!優生くん人気者だからちょっと気まずいけど…笑」
脈ありか!?と、胸を高鳴らせる。
こういうときに相談できる友達ができたらいいのだが、生憎便器のせいで俺には友達が1人もいない。
それから学校で会うたび手を振ったり、話したりする日々が続いた。
「宿題は?」
「ない!」
「寄り添う心は?」
「ない!」
「同情心は?」
「ない!」
「アフリカで最も面積のある国は?」
「ナイジェリア!」
ふふ、引っ掛かったな、答えはアルジェリアだ。
などと腑抜けたことをやっている時間が楽しかった。
幸せだった。そして決心した。告白をすると。
「あの、前からずっと好きでした。付き合ってください!」
緊張しながらもメッセージを送った。
すると驚く言葉が返ってきたのだ。
「あ、あのね優生くん、私、優生くんのことは好きだけど、緊張しちゃうと…おっおならが出ちゃうんだ…だからその…ごめんなさい…」
全く意味がわからなかった。
ふざけているのかと思ったが、薄々感じ取っていた部分もあった。
話していると急に、プッと聞こえたり。
気のせいかと誤魔化してきたが、どうやら本当だったようだ。
はあ…。
どうやら、今年の冬も暖かいのは便座だけのようだ。