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「いい子」に潜む落とし穴——子どもの自立を育む接し方
「お子さん、とてもいい子ですね。」そんな言葉をもらう保護者を見ると、少し羨ましく感じたことはありませんか?確かに、親の言うことをよく聞き、周囲と衝突することの少ない子どもは、一見理想的に見えるかもしれません。しかし、それが単なる「従順さ」に基づくものである場合、将来その子どもが主体性を持って人生を切り開く力を身につけられるかどうか、不安が残るでしょう。
本当に子どもの将来のためになるのは、単なる従順さではなく、自ら考え、必要に応じて周囲の意見を柔軟に受け入れる「素直さ」です。本稿では、心理学的な観点を取り入れながら「素直さ」と「従順さ」の違いを掘り下げ、現代社会で求められる自立を育む子育てについて考察します。
素直さとは何か
心理学における「素直さ」とは、自己主張を行いつつも他者の意見を受け入れる柔軟性を意味します(Deci & Ryan, 1985)。素直な子どもは自分の考えを正直に表現し、他者からのフィードバックを受け入れることで成長します。この態度は「内発的動機づけ」を高める効果があり、自己決定理論(self-determination theory)によれば、内発的動機づけを持つ人ほど高い自律性を発揮しやすいことが知られています。
親が子どもの意見を尊重し、対話を通じて考える機会を与えることで、子どもは他者の意見を無条件で受け入れるのではなく、一度自分の中で咀嚼し、納得した上で行動するようになります。このプロセスが、自立した思考力を養う基盤となります。
従順さとは何か
従順さは「外発的動機づけ」による行動と密接に関係しています(Skinner, 1953)。外的要因、たとえば「褒められたい」「叱られたくない」といった理由で行動する従順な子どもは、指示がない場面では行動を起こしにくく、長期的には主体性を欠く恐れがあります。
社会心理学者のBaumrind(1971)が提唱した親の養育スタイルに関する研究によると、「厳格だが受容的な養育スタイル」を取る親のもとで育った子どもは、最も高い自立性を示すことがわかっています。一方、従順さを過度に求められた子どもは、内発的動機づけを持たず、外的要因に依存しやすくなる傾向があります。このような子どもは「決められた正解」にのみ適応し、未知の問題に直面すると対処できなくなる可能性があります。
自立とは何か
自立とは、親の支えを離れても、自らの判断で行動し、責任を持てる状態を指します。Grolnick(2003)の研究によれば、自立には以下の三つの側面があるとされています。
1. 経済的自立
自ら収入を得て生活を支える力を指します。経済的自立には単に収入を得る力だけでなく、計画的なお金の管理能力も含まれます。これにより、子どもは将来、自らの意思で選択肢を広げることが可能になります。
2. 精神的自立
精神的自立は、自己の価値観を確立し、それに基づいて行動できる能力を指します。この能力は、自己肯定感やレジリエンス(困難から立ち直る力)を高めるとされています(Masten, 2001)。親が子どもの意見を受け入れることで、子どもは自分で考える力を養い、自信を持って行動できるようになります。
3. 社会的自立
社会的自立は、他者と協力し、良好な人間関係を築く力を指します。この能力は、社会生活を円滑に営むために必要不可欠です。子どもが学校外のコミュニティや地域活動に参加することによって、異なる価値観を持つ他者との関わり方を学びます。Bronfenbrenner(1979)の生態学的システム理論においても、広範な社会的環境での経験が子どもの社会性を高める重要な要因とされています。
なぜ従順さは危ういのか
従順さは親にとって一見「扱いやすい性質」と思われがちですが、長期的には子どもの成長を阻害する可能性があります。過度な従順さは子どもの内発的動機づけを低下させ、自己効力感(self-efficacy)の欠如を招きます。自己効力感は、Bandura(1997)によれば、自己の行動によって望ましい結果を得られると信じる感覚であり、これが不足すると、未知の課題に対処する能力が著しく低下します。
一方で、素直さを育む子育てを行うと、子どもは「自分の考えを持ちながら他者の意見も取り入れられる柔軟性」を備えた大人へと成長します。この柔軟性こそが、現代の複雑な社会において必要とされる力です。
自立を育むための子育てとは
子どもを自立した大人へと育てるために、親として以下の三つの方法を意識することが効果的です。
1. 子どもの意見を尊重する
親が子どもの意見を尊重することで、子どもは自己肯定感を高め、自分の考えを持つことを恐れなくなります。これにより、自立心が促されます。
2. 失敗を受け止める
子どもが失敗を恐れず挑戦できる環境を整えることが重要です。失敗を通じて学ぶ力は、長期的な成長に不可欠です。
3. 自由と責任をバランスよく与える
自由を与える一方で、責任を取る経験をさせることで、子どもは主体性を持つようになります。
おわりに
子どもが将来、自立した大人として社会で活躍するためには、親が「素直さ」と「従順さ」の違いを理解し、素直さを育む子育てを行うことが不可欠です。親が子どもの主体性を尊重し、適切に支えることで、子どもは自ら考え、行動し、成長する力を身につけるでしょう。
引用文献
• Baumrind, D. (1971). Current patterns of parental authority.
• Deci, E. L., & Ryan, R. M. (1985). Intrinsic motivation and self-determination in human behavior.
• Grolnick, W. S. (2003). The psychology of parental control: How well-meant parenting backfires.
• Masten, A. S. (2001). Ordinary magic: Resilience processes in development.
• Skinner, B. F. (1953). Science and human behavior.
• Bandura, A. (1997). Self-efficacy: The exercise of control.
• Bronfenbrenner, U. (1979). The ecology of human development: Experiments by nature and design.
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