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日曜日の本棚#42『火星のタイムスリップ』フィリップ・K・ディック(ハヤカワ文庫SF)【常識に「割って入ってくる」ディックの世界観の魅力】

日曜日は、読書感想をUPしています。

前回はこちら

今回は、フィリップ・K・ディックの『火星のタイムスリップ』です。
ディック作品は、
こちら

でも記事にしています。

本作は、火星に人類が移住した世界を描いています。1964年に出版された作品ですが、舞台は1994年。なかなか強気の設定ですね(^^)。
ただ、だからこそ、利権や日常生活の描写にリアリティがあります。

特に水利権を持っている主人公が力を持つという設定は、現代に通じるところがあります。
水は、人間の生命に直結することなので、安易に市場原理主義にゆだねることは危険なことでもあることが間接的に理解できるなと感じています。

舞台設定を変えることで価値が転換する。

その意味ではSFのだいご味を理解できる作品でもあります。

作品紹介(ハヤカワ文庫SF 作品紹介より)

火星植民地の大立者アーニイ・コットは、宇宙飛行の影響で生じた分裂病の少年をおのれの野心のために利用しようとした。その少年の時間に対する特殊能力を使って、過去を変えようというのだ。だがコットが試みたタイム・トリップには怖るべき陥穽が隠されていた……P・K・ディックが描く悪夢と現実の混沌世界

所感(ネタバレを含みます)

◆神視点群像劇のむずかしさ

結論から言って身も蓋もないですが、読みにくい作品だったというのが第一の印象ですね。理由は明快で、いわゆる神視点の群像劇だからでしょう。

ただ、これは作品の性質上、やむを得ないところもあるなと感じながら読んでいました。

ディックが大切にしたのは、火星での生活でのリアリティだと思うからです。火星に居住の地を移しても人間の欲は消えることはない。その意味で群像劇として登場する人間一人一人の考えや思惑はとても納得感がある。

ディックファンの方は、当然許容範囲内なのでしょうが、そこまでの熱心な読者でない私にはちょっとハードルが高かったのも事実でした。

水利労働者組合という組織のトップが主人公のアーニーで、その組合で働くジャック、物語のカギとなる人物で、自閉症のマンフレッドが主な視点設定者となりますが、ディックは、主人公アーニー以外のキャラクターにも思い入れがあったようで、話が主人公を軸に進まないのも難読の理由かなと思っています。

現代小説ではほぼありえない展開にも戸惑いがありました。話の筋が見えてくるのが真ん中くらいだったからです。それなりに楽しめる展開ではあったものの、作品紹介で書かれる展開がここまで遅いのは初めてだったかもしれません。

ディックは、本作に文学性を求めたとされますが、それは構成的にはうまくいったのかは、読解力に難のある私にはわからないというのが正直なところです。

時に、神視点群像劇は、文豪レベルのスキルが必要と言われますが、その大変さは理解できたように思いますし、ディックにとっても挑戦だったのかもしれません。

◆「植民地資本主義」を描く先見性

個人的に感じた本作の読み応えのある点は、火星という地球からみたら植民地となる世界の資本主義社会を描いたことでしょう。資本主義は、成長を求めて彷徨う宿命を持ちますが、火星は成長の余地のあるフロンティアでもあり、そのことを本作ではしっかりと描いています。

そこでは、水は貴重品であり、利権の対象となる。

さらに、主人公アーニーが土地の取得を目指して、マンフレッドを利用しようとする点も、現代的でもあります。

本作が書かれた当時よりも、さらに資本主義を内面化している今の視点でも何ら違和感のないところは、ディックの先見性と言えるでしょう。

その象徴がジャックで、見方によっては彼が主人公でもいいのかもしれません。分裂病の発症(再発)におびえ、自身の不倫で家庭も崩壊寸前。
そんなジャックが安寧を取り戻すラストは、本作が多くのファンを持つ理由でもあると思います。

経済的な利得と幸福は別であることは、昔から言われ続けていますが、その理解を阻む「人間の業」を描いたという点でも先見性があったのではと思います。

◆ディックがSFの神様である所以

本作では、自閉症や精神分裂症(統合失調症)が登場しますが、正しい医学的知識を持ち合わせていない私は、あまり固執せずに読み飛ばす感覚で読んでいました。それでいいのではと思います。

ディックはここに新しい解釈を持ち込もうとしたのでしょうが、深い彼の理解まで届かなくても、楽しめるのではと思います。私は、SF的な味付けの一つという程度で読みました。正しい理解なのかは判断ができませんが、そのようなスタンスで読むことは可能な小説だと思います。

自閉症を病むマンフレッドの症状は厳密な定義をしており、それが本作では、重要な意味を持ちますが、このぶれない定義こそが結末への重要なダイナモになっています。

それが、これもラストに彼の解釈が反映されています。
被差別の火星の先住民であるブリークマンとマンフレッドの交流は、希望に満ちていた。感動的なシーンだと思います。

本作は、アーニーも含めた、人間の幸福を追求したともいえる作品ではと思っています。

SF的な素材の生かしたに加え、主となる、ジャック、アーニー、マンフレッドがそれぞれの物語に収斂していく様は、見事でした。

このあたりが、ディックがSFの神様である所以なのかもしれません。



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