![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/110913501/rectangle_large_type_2_62991b0a1d6ff8a0927d333cf528023f.jpeg?width=1200)
日曜日の本棚#26『この町の誰かが』ヒラリー・ウォー(創元推理文庫)【皮膚感覚でアメリカ社会を学ぶ】
毎週日曜日は、読書感想をUPしています。
前回はこちら。
今回は、アメリカのミステリー作品です。知人の方におススメしていただきました。宮部みゆきさんの『理由』(朝日文庫)のアメリカ版という感じでの作品です。
(ご注意)
本作は、若い女性が性犯罪に巻き込まれることを題材として扱っています。
その点にも言及しておりますので、あらかじめご了承ください。
作品紹介(東京創元社HPより)
ひとりの女子高校生が死体で発見されたとき、平和な町クロックフォードの素顔があらわになる。あの子を殺したのは誰か? 浮かんでは消えていく容疑者たち。焦燥する捜査班。怒りと悲しみ、疑惑と中傷のなか、事件は予測のつかない方向へと展開していく。警察小説の巨匠が全編インタビュー形式で描く《アメリカの悲劇》の構図。
所感(ネタバレも含みます)
◆あってはならないことが起きたとき何が起こるのか。
アメリカ東海岸のコネチカット州。どこにでもありそうなアメリカの小さな田舎町。そこで、女子高生へのレイプ殺人が起こる。家族だけでなく、町中が悲しみに包まれ、そして、犯罪者への恐怖が駆り立てられる。そのような環境で何が起こるのか。本作は、インタビュー形式を用い、事件の捜査資料のような記述を読者に提示して、事件の真相に迫っていく。作者は、警察小説の大家。本作はキャリア最晩年の作品である。巧みな構成で、集団心理をリアリティをもって描いている。
◆もっとも都合のよいシナリオを求める心理
事件が起きたとき、人は誰もが自分たちの都合のいいシナリオを求める。そうであってほしいという願望は、それらしい事実を拾い集め、拡大解釈し、そのストーリーに沿った証言が上がってくる。捏造とはちょっと違うのがリアリティを感じさせる。
人間は、自分が見たものを自分の都合のいい物語の中に落とし込む。そうなったら、なかなかその呪縛からは抜け出ることができない。その結果、的外れな人間が犯人に仕立て上げられるという展開を生む。それは、妙な説得力を持つ。
そして、一方で分からないものは分からないとできるアメリカの警察・検察のまともさを感じさせる。本作を読むと、どうしても飯塚事件や袴田事件を思い出してしまうからだろう。
◆ちょっとしたことで人間は簡単に評価を変える生きものである。
本作は、人間の「偏見」の恐ろしさを理解する作品にもなっている。どこにでもいる平均的なハイスクールに通う少女という理解は、彼女に部屋で見つかった「ある物」で一気に変化する。
家族は、その「ある物」の存在が、社会が少女をどのように理解されるかを恐れ、事実、住民の話し合いは、そこから想起される話の裏どりが進む。その結果、「偏見」が生み出した新たな容疑者が浮かぶ。
その過程は、クレイジーな展開だと思うが、当事者にとっては大真面目であると丁寧に描くことで、社会的病理を理解することができる。
◆名探偵の目を曇らせた「偶然」
実は、本作には鋭い慧眼をもつ「名探偵」がいる。ただ、その名探偵は、偶然起きた事象により、事件を別の視点で見てしまう。そのことが、事件の長期化を生み、死なずに済んだ人間をも生み出してしまう。真犯人は、事件への処理が完璧であったことを誇るが、最後は別の視点から解放された「名探偵」の鋭い洞察によって事件は落着する。
結末にリアリティがあるのかどうかは、意見が割れるかもしれない。ただ、ここをリアルに描いたら、エンターテインメントでなくなるとも言える。それほどルポルタージュとしての側面が秀逸な作品なのである。