この小説ありて「人生は上々」!!つむじ風に吹かれて
小説を読んでいて
いつの間にか登場人物を誰か、
例えば映画やテレビドラマの俳優に、
勝手に見立てていることはないですか?
僕はたいていそんなふうに読んでいます。
TVドラマ「半沢直樹」「コウノドリ」などで活躍の女優江口のりこさんをその作品のヒロインに想起したら、心の中でシネマが動き出しました。
その小説は「つむじ風食堂の夜に」(吉田篤弘、ちくま文庫)。
風と風が交差する十字路にある、夜しか営業していない小さな食堂。そこに集う人々のお話。
不器用で誠実、いや素直すぎる、
ライター稼業の若者「私」を主人公に、
その食堂のマスターや店員さん
来店客である帽子屋、果物屋、古本屋のどこかシュールな面々、そして女優が躍動する、様々な夜が描かれている秀作。 同じ街に住む他人たちの心の交流が嬉しくなります。
泣ける筋立てではないし、強烈な展開もなく、ただ、ほっこり、じんわりするお話。つぶつぶの喜びを手繰り寄せ、温かな時間を紡ぎあげる物語。でもそういう小説こそ癒やされて、僕は何度でも読み返したくなるのです。
また、本作は僕にとって名言の宝庫。
主人公の「私」が幼少の頃、手品師だった父に連れられ通った喫茶店のマスターの言葉が良い。
「電車に乗り遅れて、
ひとり駅に取り残されたとしても、
まぁ、慌てるなと。黙って待っていれば、
次の電車の一番乗りになれるからって。」
古本屋のデ・ニーロ似の主人の言葉が粋。
「(油揚げを刻んで甘辛く煮たおかずについて) 俺はこいつが好きでねぇ。
こんなにいいもんはないね、まったく。
これさえあれば、すべて人生は上々よ。」
ところで、僕が江口のりこさんに見立て読んだ女優の「奈々津さん」が魅力的。
奈々津さんは舞台女優であり、主人公と同じ「月舟アパートメント」に住む。彼女の人物像はこんなふう。
「背の高さに見合ったすらりとした脚を持っており、背の高さに見合わない、そこだけ生意気な少年じみた顔が備わっていた。いつも眉間にしわが寄っているような、ちょっと困ったような顔をしている。」
化粧っ気がなく身嗜みを気にせず、どこか破天荒だけど、一本筋が通って凛とした素直な女性と僕はみた。
作家先生と呼ばれ純粋で繊細、マイペースな「私」と奈々津さん。このでこぼこカップルの恋の行方が、読了後も僕は気になっている。
ああ、架空と知りつつ、つむじ風食堂のあるこの街に行きたい!住みたい!人間って良いなぁと思わせてくれる珠玉の作品です。
「逢いたくて今夜も夜長の食堂へ」弥七
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