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”フードイノベーションの未来像”から見えてきた食のパーソナライゼーションの新たな視点[前編]

「人類の食とウェルビーイング」のつながりを多角的に深堀りする、好評ウェビナーシリーズ「フードイノベーションの未来像」。
2022年からは「食とパーソナライゼーション編」と銘打ち全6回のセッションをお届けしている。 1月27日(金)開催のvol.5では、ゲストに東京大学 総長特任補佐・先端科学技術研究センター 身体情報学分野教授の稲見 昌彦氏を招き、人間の能力を拡張するテクノロジーの視点から個人やコミュニティの価値観や行動のゆくえを問い、日本における食のパーソナライゼーションの可能性と目指すべき姿に迫る。

今回のnoteでは本ウェビナーシリーズについて、そもそもこのウェビナーシリーズを何のために開催するのか、どんな問いを持っているのかまで深く掘り下げてご紹介する。ウェビナーに参加したことがある方もそうでない方も、改めてその全体像を理解するための一助としてご一読いただけるとありがたい。さらに年初には、本シリーズのこれまでの議論から生まれたすさまじいインサイトを紹介する予定だ。次回ウェビナーに向けて問いを深めるべく、こちらもご覧いただきたい。

1. フードイノベーションの未来像とは

『WIRED』日本版と共に食の価値を多角的に問うウェビナー
フードイノベーションの未来像とは、『WIRED』日本版とシグマクシスが2020年にスタートしたウェビナーシリーズである。自然科学・社会科学・人文科学のあらゆる専門領域から国内外の多彩なゲストを招き、食と異なる分野からの視点で食の価値を多角的に問い、食とウェルビーイングの関係を明らかにしていく。

食×ウェルビーイングを深掘り、食の価値を再定義する
食の価値は、栄養の充足やおいしさといった基本的なものに留まらない。食べるときの場所や景色、一緒に食べる人、食べものの背景にある歴史や文化など、さまざまな文脈によって増幅する。この価値はどこまで広がり得るのか?
我々は、まだ生活者も気づいていない食の価値がたくさんあると考えている。その広がりを知るためには、社会や人を眺めるあらゆる学問領域と食を掛け合わせて、価値を問うことだと思う。物質的な充足を超え、人を真に豊かにさせる価値を、食という視点からひも解き、再定義する。

2. パーソナライゼーション編の問いとは

デジタル技術の民主化が進み、購買行動や好み、身体の状態、運動量、DNAや腸内細菌にいたるまで、容易に可視化することができるようになってきた。これに伴い、個人の選択を最適化するパーソナライゼーションはトレンド化し、Eコマースや動画視聴サービスなどのデジタル分野においてはもはや当たり前となっている。食産業においても同様だ。これまで大量生産大量消費でスケール化させてきたグローバル飲食品メーカーも、新興フードテックプレーヤーも、「パーソナライゼーション」を新たな価値提供の源泉とみて、事業開発を進めている。

一方で、食のパーソナライゼーションが進んだ未来はどうなるのだろうか。人の生活や社会、そして地球は、豊かになっているだろうか?豊かにするためには、産業はどうあるべきか?これから新たに登場する技術は、この領域にどのようなインパクトを持つか?
産業全体として、こうした論点を問うてみることが重要ではないか。この考えがこのシリーズの出発点となった。

こうした問いにアプローチするために、我々は各回のテーマを下記のように設定した。

vol.1:「Web3は食のパーソナライゼーションを加速するか?」(データサイエンス)
vol.2:「分散化する“わたし”は何を食べるのか?~文化人類学から見た食のパーソナライゼーション」(文化人類学)
vol.3:「自由意志を疑う~食べたいものを決めているのは誰(何)?」(法哲学)
vol.4:「We-Modeと食~“わたしたち”は何を味わっているのか?」(ウェルビーイング)
vol.5(次回):「(仮)Quantified Selfと食~デジタルツインが拡張する食のパーソナライゼーション」(テクノロジーによる人間能力拡張)
vol.6: (TBD) 総括 (vol1-5からビジネスへの意味合いを再抽出)

※以降のテーマは現在策定中だが、総括やビジネスへの意味合いを再抽出するセッションを予定している こうして見ても、あらゆる領域からアプローチしていることが伝わるだろう。次節では、何故この構成なのか、その意義を深く掘り下げる。

各回の論点
vol.1は、慶應義塾大学医学部教授であり、データサイエンスを専門とする宮田裕章氏をゲストに招き、インターネットの現在の形態(Web2.0)の次に来ると言われているWeb3が食のパーソナライゼーションにどう影響するかを議論した。
Web1.0では、一部の人が情報発信を行い、ほとんどのユーザーは閲覧メインだったが、今は、接続速度の向上と端末の普及によって、双方向コミュニケーションが可能なWeb2.0の時代に来ている。パーソナライゼーションはまさに、Web2.0で取得できる大量のデータにより生まれた。これは便利な一方で、プラットフォーマーがデータを独占できてしまう状況でもあるため、彼らが生活者に売りたい商品を押しつける道具ともなりかねない。Web2.0の次に来るWeb3では、個人に関わるさらに多くのデータを、個人が主権を持ちながら統合的に活用できると予測されており、パーソナライゼーションの前提となるデータの在り方が様変わりする可能性があるため、まずはこの技術動向を押さえることが重要であった。

vol.2は、立命館大学先端総合学術研究科教授であり、文化人類学を専門とする小川さやか氏をゲストに、文化をはじめとしたさまざまな要因が食の価値観に与える影響や、個人の価値観を満たしながら社会全体にも利益を還元できるパーソナライゼーションの在り方を議論した。
食のパーソナライゼーションは今、購買履歴をベースとした”嗜好”や、身体情報に基づいた健康など、個人のある目的に対しての直線的な最適化が殆どだ。しかし、実際には食選択の目的は環境により動的に変化するため、特にどんな要因がどのように影響しているのかをまず理解する必要がある。また、個人への最適化だけではなく社会全体の豊かさも同時に実現しなければならない。文化人類学は、ある文化圏における個人の行動とそこに通底する文化を包括的に観察する学問であり、その議論に有用な視点であった。

vol.3は、京都大学大学院法学研究科教授であり、法哲学を専門とする稲谷龍彦氏をゲストに、日本と欧米の主体性のモデルの違いと、それが食選択に与え得る影響を議論した。パーソナライゼーションは、人の選択を助ける一方で、ともすれば人が主体的に選択する機会を減らし得る。そもそも人が主体性を持つとはどのような意義があり、それに対してテクノロジーがどう関われるのかを理解し、パーソナライゼーションの基本設計の思想を定めようと考えた。

vol.4は、早稲田大学文学学術院教授であり、ウェルビーイング研究の第一人者として、テクノロジーと人の関係性をテーマに持つドミニク・チェン氏をゲストに、「わたしたちの関わり(We-mode)」の中でのウェルビーイングのつくられ方と、それに対してのパーソナライゼーションのあるべき接し方を議論した。
vol.2・vol.3の中で周囲の人との関係性の中での意思決定がキーワードともなった中、わたしたちはどのように関わり合い、どう行動を選択し価値観を形成しているのかをひも解こうと考えた。また、パーソナライゼーションというテクノロジーはどのように人のウェルビーイングに貢献できるのか、いよいよ具体的な方法を特定することも重要であった。

そして次回となるvol.5 では、東京大学先端科学技術研究センター身体情報学分野教授であり、テクノロジーによる人間の能力拡張「自在化」を研究する稲見昌彦氏をゲストに、テクノロジーが個人やコミュニティの可能性をどう拡張し、その結果価値観がどう変わり得るのかを議論する。
Web3時代のパーソナライゼーションが向かう方向性については、vol.1でデータの観点から議論したが、デジタルツインなど、Web3時代に可能となるテクノロジーは、個人の行動やコミュニティの在り方をも根本的に変え得る。そうした中で、vol.2~vol.4で捉えた人間行動の本質はどのように拡張されるか、改めて理解し、パーソナライゼーションの可能性を問うことが重要となっている。
またvol.1~vol.3については上記のリンクから『WIRED』日本版のSZメンバーシップ向けに公開された各回のサマリ記事と音声アーカイブがご確認いただける。メンバーシップ向けの記事は、ほかにも未来を見通すリテラシーとなる情報が多いため、気になる方は是非登録を検討いただきたい。

3. 本ウェビナーシリーズの意義~「パーソナライゼーション編」の示唆の拡張性

食のパーソナライゼーションをひも解くことで得られるものは、単にその是非ややり方だけではない。個人の行動や価値観がどう形成されるのか、社会の中でわたしたちはどう関わり合っているのか、その中でどのようにウェルビーイングがつくられるのか。未来の社会のベースとなる技術は、個人や社会の可能性をどう開き、その中で何が一番わたしたちの生活を豊かにするのか。セッションの中で我々が問うているのは、こうした人や社会の本質を探求する問いばかりだ。
このような営みを通じ、我々は売上などの数値的目標だけを追うビジネスではなく、生活者一人ひとりの本当の幸福と、社会・地球の豊かさを守り高める本質的な社会的インパクトを持つ産業をつくっていきたいと考えている。

4. 次回のnoteに向けて

今回のnoteではフードイノベーションの未来像ウェビナーシリーズの概要と、パーソナライゼーション編での論点をご紹介した。年初のFoodtech EYESでは、これまでの議論から得られた示唆を振り返る予定だ。
本シリーズにご興味を持っていただいた方は、是非配信を楽しみにしておいてほしい。
次回1月27日(金)開催のvol.5の前にご一読いただくと、議論への理解と興味がさらに深まること間違いなしだ。


(Written by Miyako Fukumoto)