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豊饒の地・ポートランドを食べる

ポートランドというのはよく耳にはさむ地名だった。

クリエイティブなホテル文化、多種多様なクラフトビール、新鮮な食材をふんだんに使った気鋭のレストランの数々。小規模農家が幅を効かせているワインの産地ということも忘れちゃいけない。リベラルで反骨的、独立志向でDIY精神に富んだ街。

僕はアメリカ的・北米的なものに本当に興味がない。こうして今カナダに住んでいるのも不思議なくらいだ(カナダはマシなアメリカなので許容)。NYやLAはおそらくこれからも行きたい場所リストに入ることはないだろうが、何故かポートランドはぼんやりといつも頭の中にあった。アメリカにあってアメリカ的でない、そんな逆説的に聞こえる場所は一体どんな街なのだろう。

六月中旬。ちょうどシアトルに滞在していた時に、一日フリーの時間ができた。マップで確認すると、ポートランドは車で2時間ちょい。そんなに近いなら、ちょっと足を伸ばしてみるか。そう思い、レンタカーを借りて南に走った。

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シアトルからは高速道路を飛ばして2時間半ほど。州間高速道路5号、通称I-5(アイ・ファイブ)を一路南に向かう。ワシントン州のお国自慢であるマウント・レーニアを横目に走り続け、ひときわ大きな鉄橋に差し掛かる。コロンビア川にかかるこの橋を超えると、そこはオレゴン州・ポートランドである。

何故だかわからないけど、ポートランドに到着した時にはどうしてもラーメンが食べたくて仕方がなかった。特に横浜家系のこってりとしたあれが。せっかく久しぶりに旅行らしい旅行をしにきたのに、ラーメンとはいかがなものだろう?そんな考えも食欲の前では全く意味を持たない。

ウィラメット川西側の古い工業地帯に車を停める。どうやら工場跡がいろいろとリノベーションされて趣味のいい店がならんでいるエリアのようだ。

お目当ての店は「ウーロン」。店内には昭和レトロな看板や映画ポスターが並び、BGMには数年前に流行ったJ-POPメドレーが流されている。典型的な欧米都市にあるラーメン屋のそれで少し嬉しくなる。家系ではなく長浜豚骨だが、背に腹は変えられない。からあげも注文する。

ラーメンはなかなか悪くない一杯だった。チャーシューも気前よく4枚乗っていて、ちぢれ麺がこってりとしたスープをよく絡んでいる。なぜかスープがほんの少しぬるいことを別にすれば、素晴らしいとんこつラーメンだった。近頃は海外でもそこそこのラーメンを食べられるようになったのだから、便利なものである。

食事を済ませた後、街の中央を二分するように流れるウィラメット川沿いを少し散策する。河原にはランニングコースが並走しており、躍動感ある羽根のロゴがついたウェアとシューズに身を包んで多くの人が汗を流している。さすがはナイキのお膝元である。

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コーヒーをテイクアウトし、目当ての場所に向かう。世界最大級の独立系書店「パウエル書店」だ。

村上春樹も絶賛したその書店は、ダウンタウンの中心部のひとブロックをまるごと占拠しており、9つのエリアに分けられた店内は思い思いの本を手にした人で溢れかえっている。

特筆すべきなのは、書棚に新刊と古書とが肩を並べていることだ。パウエル書店は新刊を販売するのと同時に、本の買取と中古販売も行っている。僕はこれまで新刊は書店、古本は古本屋でしか扱われないものだと思い込んでいたし、実際そういうものしか目にしたことがなかったので驚きだった。

でも考えてみれば、それが合理的な気がする。新品の本が好きならばそれを買えばいいのだし、別に安いセカンドハンドでいいなら古本を手にすればいい。なぜそんな書店にこれまで出会ったことがなかったのだろう。

巨大なレジエリアには、書店のスタッフおすすめコーナー、ポートランド市民のおすすめコーナー、新入荷にロングセラー古書のコーナーまで。中古本が積み上げられていると、なるほど、この街の人間はこういう本を読むのだなと思わされる。

広大なフロアが何層もあり、高い天井のてっぺんまで本棚があるので、なんせ見て回るのに時間がかかる。最新のポートランド案内本から80年台の分厚い写真集まであり、まるで買って持ち替えられる図書館のようだ。本たちの中を歩き回り、時折ぱらぱらとめくっているだけで幸せな気持ちになる。

オレゴン州は全米で最も本を読む人が多い地域に数えられる。もちろん、東海岸やカリフォルニアの狂気から逃げるように移住したきたエリート層が多いことも理由の一つだろうが、パウエル書店のような誰でも本にアクセスできる場所があるというのも見逃してはならないだろう。本屋は民主主義の砦だな、と再認識させられた。

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ポートランドはそのレストランの数と質で、全米におけるキュイジーヌ・シーンを語る上では欠かすことのできないプレイヤーになってきている。黒潮がもたらす海の恵みと、パシフィック・ノースウェストの年中温暖湿潤な気候が提供する新鮮な旬の食材。まさに天に祝福された大地だ。

「ポートランドで食事をするなら、MECは外せない。トップ・ティアーよ!」現地住みの友人であるガビとは今回予定が合わず会えなかったが、おすすめのレストランを快く教えてくれた。

メディテラニアン・エクスプロレイション・カンパニー、通称MECはポートランド・ダウンダウンの熾烈な飲食店業界のなかにありつつも、常にグルメなポートランダーたちを唸らせ続けるレストランだ。店名の通り、ポートランドの新鮮な野菜や海鮮とともに地中海料理の世界へと誘ってくれるファイン・ダイニングである。

悩んだ末、「ローストしたビーツのサラダ」と「タコのグリル」をまずオーダー。ワインはウィラメット・バレーのピノ・ノワールをグラスでいただく。薄暗い店内では、家族やカップルのみならず、ひとりで食事を取っているひともちらほらといる。カジュアルでありながら色気のある空間だ。

まずはワインが運ばれてきて一口。口に含んだ瞬間、「図書館だ…!」とため息が出た。古い本が並べられた書架に漂う、歴史と秘密を含んだエレガントさがある。
何を隠そう、オレゴン州は世界的が認めるピノ・ノワールの銘醸地。冷涼で肥沃なウィラメット・バレーには小規模なワイナリーが立ち並び、独創的な醸造家たちが腕を振るっている。うっとりとする果実感に浸っていると、一皿目が運ばれてきた。「ローストしたビーツのサラダ」だ。

これは、食べた人間の「ビーツ観」を覆しかねない一皿だった。丁寧に火入れされたビーツは見るに美しく、口に運ぶとしゃおっと音を立ててやさしい甘みが広がる。刻んだシャロットとミント、ディルが和え合わされ、練りごまのタヒニソースがまろやかにまとめ上げている。
オレゴンの大地の滋養をそのまま頂いているような、宝石のようなサラダ。ビーツって食感が苦手で自分で買って調理することってあまりなかったけれど、今度オーブンで焼いて食べてみようかな。

「ふたつに切り分けておきました」
長髪をポニーテールにした男性ウェイターが次に持ってきたのは、「タコのグリル」。タコは直火で焼き上げた後、オリーブオイルとディル、レモンで素朴に味付けされている。表面は香ばしく、中はしっとり、もっちりとした食感が楽しい。
ギリシャの田舎の庶民食堂では、客が自分で持ってきた魚を豪快にグリルして食べさせてくれるのだと聞いたことがあるが、そんな風景がふと思い浮かんだ。

最後に追加でとったのは「ししとうの炙り焼き」。こう日本語にして書くと居酒屋のメニューみたいだが、出てきた皿を見て驚いた。フェタチーズとピスタチオのピュレソースのうえに大ぶりのししとうがこれでもかと盛られている。指でへたをつまんで口に運ぶと、フェタチーズの濃厚な旨味とししとうの繊細な苦味と甘みが絶妙なマリアージュを奏でる。砕いたピスタチオと回しかけられたガーリックチリオイルがいいアクセントになっていて、食感もたのしい。
「当たり引いた?」笑顔の弾ける女性ウェイターが気さくに聞いてくる。どうやら、ししとうのなかには10個に1個の割合で激辛が含まれているようだ。幸い大当たりには出会わなかった。

タパス形式で二人で三皿をシェアし、グラスでワインを二杯づつ頂いて会計は140USドル。驚愕の値段。まあ、久しぶりに背伸びした食事ができてとても心楽しい店だった。

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本当に時たまにではあるが、パンを焼こうと思い立った時に真っ先に開くのがパン作り指南書「フラワー・ウォーター・ソルト・イースト 本当に美しいパンとピザの作り方(Flour Water Salt Yeast: The Fundamentals of Artisan Bread and Pizza)」だ。

友人の本棚で見つけてぺらぺらと開いてみたのだが、ステップ・バイ・ステップで美しいハードブレッドのレシピを案内してくれるだけでなく、生地づくりや発酵、オーブンの管理などをわかりやすい説明と写真付きで紐解いてくれる。特にカナダやアメリカのスーパーで売られているパンは本当に食べられたものではないので(紙でできたスポンジの味しかしない)、北欧に住んでいた頃に食べていたちゃんとしたパンを食べたいと思った時にはよくお世話になっている本である。

その本の著者であるケン・フォーキッシュ氏が開いたベーカリーがポートランドにある。「ケンズ・アルチザン・ベーカリー」は、ダウンタウンから西に15分ほど歩いた静かな住宅街に位置するパン屋だ。

月曜の朝9時すぎなのに、店には短い行列ができていた。イートインもできるようで、ポートランダーたちはテラス席で朝日を楽しみながらパンとコーヒーを嗜んでいる。

ガラスのショーウィンドウには美しいパンたちが並んでいて、レジのおばちゃんたちは忙しそうに客を捌いている。クロワッサン、パン・オ・ショコラ、キッシュ、数々のタルト。どれもこれも気さくで素朴な形をしている。奥の工房と店舗スペースを隔てるものがないため、いろんな年齢層のパン職人たちが手際よく仕事に取り掛かっているのを垣間見ることができる。

お腹も空いていたので、クロワッサンとクロックムッシュ、そして数あるサンドウィッチメニューのなかから「ケンズ・ヒーロー・サンド」をピックアップ。
クロワッサンはしっとりとパリパリの塩梅が絶妙。口にへばりついたりするほど不快なパリパリ感ではなく、雨ざらしにされたようなスーパーのクロワッサンほど水分を含んでいない。バター本来のじゅわっとした旨みを楽しめる。サンドウィッチはもちもちのチャバタブレッドにパストラミや数々のチーズ、フレッシュなレタスがこれでもかと挟まれていて、口をあんぐり開いて齧り付くと思わず口元が緩む。

クロックムッシュは思い出しただけでにこにこしてしまう出来だった。ベーカリーの看板パンであるカントリー・ブレッドの分厚いスライスのうえに、コクの強いベシャメルソースととろりと溶けた二種類のチーズ、大ぶりのハムが乗っている。香ばしく素朴なハードパンはそのものだけで旧友に久しぶりに再開したような嬉しさがあるのに、一緒にグリルされたチーズとソース、ハムの旨みを吸い込んで一段階上に昇華している。

創業者のケン氏はカリフォルニアのハイテク産業に20年従事した後、反工業的でクラフト精神に溢れるポートランドに魅了されてパン職人としての第二の人生を始めたのだとか。気取らない外観のなかに隠された意匠の深さがこの地の精神に合ったのか、彼の焼く伝統的なパンたちはポートランドを全米屈指の美食の街に引き上げる一助を担ったのである。

残念ながらケン氏は2年前に引退したが、長年勤めてきた従業員たちに店は売却されたことでそのクオリティと哲学は担保され、今もなお味にうるさいこの街の人々を魅了してやまないのである。

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別に改めてここに書く必要はないとは思うが、僕はビールに目がない。

飛行機でCAさんに飲み物を勧められればずうずうしくビールの全てのレパートリーを見せてもらうし、村の酒屋のビールコーナーはかかさず毎週チェックして何が入荷されているか把握しておく。一応半年ほど醸造家としての研修を受け、ビールに関する知識はある程度備えているからということもある。(日本酒やワインにあたっては見当違いなことばかり書いているかもしれない)

だから僕がポートランドと聞いてまず思い浮かべるのは、クラフトビールだった。遠野のブルワリーで働いていたときからその噂はよく耳にしたものだ。世界屈指のホップの生産地に位置し、ポートランドにはクリエイティブなビールを世に放つ大小様々なブルワリーが肩を寄せ合っている、まさに「ビールの首都」だと。

一泊二日の短いポートランド滞在のほとんどは本屋で費やされることになったので、残念ながらブルワリーをはしごして回る時間はなかった。それでも、出発前にダウンタウンで一杯飲んで帰る時間を絞り出した。

向かったのは、「10バレル・ブルワリー」。昨晩食事したMECから1ブロックの場所にある。天井が高い一階には醸造施設とキッチン、バーがあり、スポーツが放送されているテレビの下には多くのテーブルが並んでいる。ルーフトップバーも開放されている。月曜の昼下がりだったので客はまばらだ。

天気もいいので、ルーフトップバーで飲むことにする。パイントで一杯づつ。もちろんホップが効いたものを飲みたいので、ウェスト・コースト・IPAの「アポカリプス」とIPAの「サイト・オブ・サイレンス」を注いでもらう。

どちらもクリアでオーソドックスなIPAだ。前者は柑橘系のアロマが弾ける心地よい爽快感があり、後者は新鮮なグレープフルーツの香りの奥に若い松の芽のような滋味深い余韻がある。どちらも暑い日にごくごく飲みたいビールである。

本屋でお気に入りの一冊を見つけ、近場のブルワリーで美味しいIPAを啜りながらページを捲る。周りでは家族連れがピザを分け合い、女子会が数杯のビールで盛り上がっている。そうそう、こういうのでいいんだよな、人生って。そんな気分になる。

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ここ数年ほど、どこかに旅に行くとなれば基本的に日本国内や世界に散らばった友人を訪ねるというのが定型パターンだった。そういうわけで、今回のポートランド滞在はひさびさに観光らしい観光をした旅となったわけだが、なかなか愉快な時間を過ごすことができた。

ビールとワイン、新鮮な食材と美食、そして本の街、ポートランド。それ以外にいったい何が必要だというんだろう?

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上村幸平|kohei uemura
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