競馬場
幼少期の頃。
かあちゃんは、
私を競馬場によく、
連れて行っていた。
決して馬券を買って、
楽しむわけではない。
ただ、馬を見に行くのだ。
それが、私にはわからなかった。
賭け事している人達の熱狂が、
私には、怖くてたまらなかった。
そこには、欲の渦が巻いてて、
そこらじゅうに、馬券が舞っていた。
だが、
かあちゃんは、
そんなのお構いなし。
まぁ耳が聞こえないから、
こんなヤジや罵声等は、
まったく聞こえない。
かあちゃんは、
ただひたすら
走る馬を見ては、
真顔で、
大粒の涙を流していた。
その謎の真相がわかる時がある。
祖父母の死を知った、
私の17歳の誕生日の日。
ケーキを食べながら教えてくれた。
かあちゃんは、北海道に産まれ育った。
日高山脈の見える所に産声をあげた。
そこの地域は皆、
馬をなにわいにしていた。
かあちゃんの実家もそうだった。
引退した名馬もそこにいるそうだ。
かあちゃんは、小さい頃から、
馬と共に過ごしていたらしい。
放牧された馬を、見て育った。
耳の聞こえないかあちゃんは、
馬に気づかず、
よく、馬に噛まれていたと言う。
そして、
かあちゃんが小さい頃、
馬に蹴り飛ばされて、
危うく、死ぬ所だったと語る。
確かに、
かあちゃんの背中の、
傷跡はヒヅメの形の様な
模様をしていた。
幼心に、その傷跡が、
何で出来ているのかが
不思議で仕方なかった。
まさか馬に蹴り飛ばされていたなんて…。
かあちゃんの実家の
売れた馬の何頭かは、
競馬で走っていたそうだ。
もちろん、かあちゃんは、
私を産んで、親族から絶縁され、
それ以来、実家には行ってない。
もう戻る事は出来ない。
かあちゃんの決意の証として、
遠く離れた今の町に、
私と身一つでやってきたのだ。
どんな気持ちだったのだろう。
誰も知り合いのない場所。
頼る人なんていない場所。
耳は聞こえない。
その中、ここで生きていくと決め、
赤子の私を一人で、
ひたすら育てていたのだ。
でも、故郷が恋しくなるものだ。
そんな時に、
競馬場に足が向いていたのだろう。
馬を見ながら、
生まれ育った頃を、
思い出し、懐かしむ。
もうあの頃には、戻れないのだと、
涙を流していたのかもしれない…。
それか、
かあちゃんの目には、
そこに、
おじいちゃん、ばあちゃんの姿を
映し出していたのか。
唯一両親に、
出会える場所だったのかもしれない…。
かあちゃんを、
いつか…いつか…必ず…
あの、
実家のある北海道に、
連れて行ってあげよう…
そう…思っていたのに。
それは残念な事に叶わなかった…。
かあちゃんを、
競馬場に連れて行く事しか、
私には出来なかったのだ。
だけど、
かあちゃんはとても喜んでくれた。
競馬場に、連れていくと、
かあちゃんは、
絶対に勝つ馬を見分けられる。
かあちゃんの鋭い勘がそう言ってるのか。
幼い頃から、
耳は聞こえなくても、
馬の顔の表情で、
何でもわかっていたと言う。
馬を見れば、
この馬は勝つとわかるのだ。
それも先見の明なのかもしれない。
だが、
その馬は買ってはいけないよと、
かあちゃんは言う。
かあちゃんの言った馬は、
必ず一着を獲得するのだ。
なんで、買っちゃいけないの?
と言うと、
馬券を買ってしまうと、
馬が金に侵されてしまって、
どの馬なのかを見失ってしまう。
あの、美しい馬を、
そんな目で、見てはいけないんだよ。
調教して下さった方、
乗馬して下さった方、
その人達のおかげで、
あの馬は、
美しく、目の輝きが変わるんだ。
その瞬間を、その一瞬を、
あたいは見たいんだよ。
感動するよ…本当に…。
お前の、じいちゃん、ばあちゃんも、
こんな綺麗な馬を育てたかったんだろうよ。
そう思うとね…涙が止まらないんだ。
かあちゃんが17歳で私を産んだ、
そしてその日に祖父母は死んだ。
そう考えると、
祖父母は若くに死んでしまった。
人生これからだって時に、
この世を、去っていったのかもしれない。
それを、
かあちゃんは悔やんでいるのだ。
走る馬を見て、
祖父母に申し訳ないと思って、
懺悔の涙を流していた。
その時に
大粒の涙の理由が、
そうだと、思えたのだ。
今は、
なかなか競馬場には行けない。
それまでは、
よく一人で競馬場に行った。
おれには、
かあちゃんの血が混ざってるはず…。
もしかしたら、
勝ち馬がわかるかもしれない…。
そんな欲を出してしまうと、
どの馬もわからなくなってしまう。
かあちゃんの言った通り、
見失って、ダメなのだ。
ただ、純粋に馬の姿を見ていると、
その美しさや、優しい目がみえてくる。
どれが勝ち馬なんて、
どうでもよくなくなってしまう。
ただ、
ジョッキーと一体になって、
走る馬を見ていると、
自然に涙が出てくるのだ。
それは、
かあちゃんを思ってか、
祖父母の気持ちを考えてしまうからか…。
いや、単純に、
走る馬を見てると、
自然と涙が溢れてくるのだ。
私に流れる遺伝子が、
無意識の中、涙を流させているのか…。
まだ見た事のない、かあちゃんの実家。
かあちゃんの生い立ちに、
少し羨ましく感じ
行ってみたい…。
でも、住所がわからない…。
だが、草原を駆け回る馬と、
可愛い笑顔の小さい少女の姿が、
目をつぶると、
私の中で楽しく走り回っているのだ。
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