【フードエッセイ】ハモニカを煮付で食べた日
「あ、ハモニカある!」
お惣菜店のショーケースを眺めていた時、夫が嬉しそうに言った。
日曜日、野球観戦の帰りに仙台駅地下街の食品街に立ち寄った時のこと。
ハモニカ。もしくはハーモニカ。
もちろん、楽器ではない。
宮城県、特に気仙沼では、メカジキの背びれ部分の付け根のところをそう呼ぶのだという。骨と骨の間に身が詰まっている様子が楽器のハーモニカに煮ているから、あるいは食べている時の様子がハーモニカを吹いているように見えるから等、名前の由来は諸説ある。
その日、仙台駅地下街のお惣菜店にあったのは、長さ20センチ、厚み7~8センチほどのハモニカの煮付だった。
初めて目にするその外観は、色といい大きさといい、パウンド型で焼き上げたミートローフのよう。
「ハモニカ、食べたことある?」
夫に尋ねられ、私は首を横に振った。目にしたのもこれが初めてである。
「美味いよ。」
「食べたことあるの?」
「前に気仙沼で食べた。美味いよ。」
美味いよ、と2度も夫が言うのだから、相当美味しいのだろう。
ハモニカの煮付は、大きいだけあってそのお値段も節約生活を送る我が家的には結構贅沢なレベルではあった。
けれど、この日は東北楽天ゴールデンイーグルスのサヨナラ勝ちを目にした直後。こんな日に宮城県でしか食べられないハモニカの煮付を見つけるというのも、何かの縁だろう。今夜はお祝いもかねてハモニカの煮付でおうち居酒屋にしようと意見が一致し、買って帰ることにした。
帰宅して、冷凍しておいたホッケの開きをグリルで焼きながら、ハモニカと同じく仙台駅地下街の食品街で買ってきたセリをさっと洗って茹でる。そこに前夜の残りの煮物とまだほんのりと温かいハモニカ煮付を電子レンジで温め直して添えれば、ささやかながら贅沢なおうち居酒屋のスタート。
しっかりと煮込まれたメカジキのハモニカ。どこからどう食べれば良いのか戸惑っていると、夫が骨から身を外してくれた。
「わ、美味しい!ぷるぷる!」
骨から外した身には、ぷるぷるのコラーゲンがたっぷりとついていた。口に含むとほろりとほぐれ、脂と旨味がじゅわーっと広がる。
これは美味い。
例えが貧相で恐縮だが、ヘルシーな豚の角煮もしくな贅沢かつ巨大な和風シーチキンの煮凝り付きといった味わいである。
先ほどまでの戸惑いもどこへやら。せっせと箸の先で骨と骨の間をつついて身を穿り出す。美味い。ひたすら美味い。煮汁で手がぺったぺたになるし、穿り出す手間はかかるものの、そんな手間も忘れて箸が止まらなくなる美味しさである。
「気に入った?良かった。」
初めてのハモニカを夢中で食べている私に、夫も嬉しそう。
全く別の土地で生まれ育った者同士、その土地ならではの美味しい食べ物を紹介しあえるのは、楽しい。
そして、嬉しい。
宮城のメカジキには宮城のお酒だよねと、この日の日本酒は買ってきたばかりの「春綿」と「花の文」。
どちらも食事をより美味しくしてくれる食中酒。
この日も、宮城の食材と美味しい日本酒で、幸せなおうち居酒屋となった。
好きな食べ物がまた増えた。
ハモニカの煮付、美味しかった。おススメです。