第13話 栄寿司での研修 その2
研修の3ヶ月間は休憩中も、握りや巻き寿司、笹切りの練習に励みました。
日々、技術を習得していくことに幸せを感じながら学び続け、そしてついに、今のすし作りの極意につながる大切な言葉をいただいたのです。
「いいか、一洋。寿司は仏の手で握るんだ。
分からない時は仏像の手を見るんだ!
絶対に忘れるんじゃないぞ‼️」
はぁ…仏の手、なんですね。
「そうだ。指の先まで神経を行き渡らせるんだ。
将棋の棋士を見てみろ、指す時の所作の美しさを。
美しさは美味しさに繋がる。
もう一度言うぞ、仏の手で握るんだぞ‼️」
職人としての美意識が高い師匠の言葉。
「美しい仕事」というものに気づいたばかりの当時の私は
何を言っているのか全く理解できませんでした。
それでも握りを教わった私はその型を体に覚え込ませるため、
一日中さらしを丸めてシャリに似せたものを握り続けて練習していました。
師匠は全国すしコンテストで金賞を受賞した経験を持つ方で、
仕事の丁寧さや美しさ、そして速さにはとことん厳しかったです。
「美しいは美味しい。美しさも味なんだぞ。」
という言葉を、しつこいほど繰り返されたことを今でも覚えています。
またこんな師匠だから、お見えになるお客様は目も舌も肥えた経営者の方が多く、そういった方からも随分と鍛えられました。
私のちょっとの油断が原因で、二度と来なくなったお客様もいらっしゃいます。そのくらい厳しいお客様を相手に研修ができたことは、本当に恵まれていたと思います。
この時の教えのおかげで、今現在も風呂場の鏡で、自分の指の動きや形を確認し、すしを皿に置くときの指の角度や見え方。さらに、すしから指を離した後の腕の動きや速さを意識しながら、研修からの20年以上、常に練習を続けています。
先日お客様から言われたんです。
「寿司を握ってて1番気をつけるポイントはどこなんですか?」と。
実際に寿司をお客様の皿の上に置いて、離して【1秒】
「この瞬間です。」
とお伝えしました。
また、女将さんは直接声をかけたり教えたりするのではなく、行動で示してくださっていました。
私が師匠と一緒に仕込みができるように、と早朝に掃除をするようになって暫くして、出勤してきた女将さんが何も言わずに掃除をしていることに気づきました。私が多くを学びたいという意欲を尊重しつつも、掃除が行き届いていない事を注意するのではなく、行動で諭してくださっていたのです。
今思えば、それに気づけるかどうか。目配り、心配り、自分で気づく力も試されていたのかもしれません。
このように3ヶ月間の研修では、師匠や奥さん、時にはお客様からも厳しい言葉をいただくこともありましたが、その時間は私にとってかけがえのない宝物です。
握りを習いたての頃は、一貫を握るのに1分、細巻きを巻くのに2分かかっていたのですが、この期間で1分間に2個の鮨を握れるようになり、細巻きも1分で巻けるようになりました。
笹の切り方も覚え、技術的にはまだまだでしたが、少しずつ成長していく自分を実感できたのは本当に嬉しかったです。
また、コハダや穴子など、すし屋としての仕込みもある程度できるようになりました。
こうやって自信をつけた私。
意気揚々と宮崎に戻ったものの、
一心鮨ではまったく通用しませんでした。。。