−寿司屋のこばなし− 南部鉄器の釜のはなし
これまで本編(?)をお読みくださり、ありがとうございます。
ここでちょっとブレイクタイムとして、今現在の私の思いや、旬の幸のことなどいろいろな雑談回を設けることにしました。
今回は道具について。
なかでも今となっては私のシャリ作りには欠かせない相棒となった
【南部鉄器の釜】についてお話ししますね。
私が南部鉄器と出会ったのは、米を炊くための理想の道具を探し求めていた頃でした。当時、さまざまな方法を試しましたが、どれも満足のいく結果には至りませんでした。
家庭用の炊飯器は年々性能が向上していたものの、コンピュータ主導でコントロールがしづらく、求めるパリッとした食感が得られませんでした。
土鍋で炊くとふんわりと柔らかく美味しいご飯が炊けるものの、そのまま食べる白ご飯にはとても美味しいが、私の求めるシャリ・寿司飯には適さない仕上がりでした。
業務用ガス釜も試しましたが、一度に沢山の量が炊ける利点はあるものの、釜の上下で米の硬さが異なることが課題でした。
さらに、羽釜にも挑戦しました。羽釜は底が丸く、水と熱の流れが米を踊らせるように炊くため、美味しいご飯が炊け「これなら・・・」と期待しましたが、設備と場所が不足しており、断念せざるを得ませんでした。
こうした試行錯誤を繰り返すうち、少量ずつ炊き上げることが私の求める理想のシャリに近づく道だと感じるようになりました。
鍋底が丸くて、羽釜の様に熱伝導がよく、米が立ち、一粒一粒に纏う水分が少なく、炊き上がりに上下の米の硬さに差がなく、底の米が潰れてない。
そんな炊き上がりがゴールだと、目標が明確になったのです。
しかし、どうすればそれが実現できるのか、そこについては皆目見当がつかず、またしばらく悩んでいました。
そんなある日、偶然、友人がやっている販売会に行く機会がありました。その友人は南部鉄器のフライパンを販売しているのですが、そこで「ご飯炊き用」の南部鉄器が目に留まりました。それは五合炊きの釜。これは三合炊くのにちょうど良いサイズ。一般的に、釜の容量の半分程度で炊くと美味しく仕上がるとされているため、五合炊きは理想的なサイズ。さらに底が丸い形状もまさに望み通りでした。
寿司の場合、3合のシャリでは5人前しか握れません。その当時、私が担当していた一心鮨光洋は100席超を有する大規模な店舗。この釜で米を炊くとなると、1日で10回以上炊く必要が出てきます。非常に労力がかかることが目に見えていましたが、やっと見つけた理想のシャリへの道標。ここでの妥協はできませんでした。美味しさを追求するため、挑戦を決意しました。
こうして南部鉄器釜での炊飯が始まりましたが、ノウハウが全くなかったため、ここからもまた、試行錯誤の連続でした。
何度も米を炊き、まかないで味を確認し、うまく炊けるようになれば、今度はそれを言語化し、レシピとしてまとめていきました。100席超を有する店ともなれば、当然一人では回せません。店を支えてくれる多くのスタッフが、誰でも迷わず炊けるようにしないといけないので、その点も新たな課題として自ずと追加されていました。なので私や特定の職人にしかできないような技術は削ぎ落とし、誰でも再現できるようにシンプルなものに。さらにそれをどんな人が読んでもわかるように言語化し、いつでも誰でも最高のシャリを提供できるよう、何度も何度も研究し、研鑽し、レシピを作り上げました。この試行錯誤は15年の歳月をかけて続き、今では誰が炊いても(読んでくださっているそこの貴方でも)最高の米が炊けるまで昇華しました。
そしてその技術と経験が、今の鮨料理 一高のシャリへと受け継がれています。
南部鉄器の釜というよりは、私のシャリへのこだわりになってしまいましたね。(笑)ですが、このこだわり抜いたシャリを提供できるのは本当にこの釜のおかげなんです。
このように、ご来店いただいた時にみなさまとお話しさせていただく様な話題をこちらでも綴っていきたいと思っています。
直接会った時に「釜の話なんだけどさ・・・」なんてお声掛けいただけたらとても嬉しいです。
次回もお楽しみに。