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第17話 巻く、押す、包む――本質を追い求めた日々。

大会から数ヶ月が経ったある日、忘れられない瞬間が訪れました。
親方から呼び出され、こう告げられたのです。

「一洋、明日からカウンターに入れ。巻物を任せたぞ。」

この言葉を耳にしたとき、全身に鳥肌が立ち、
喜びと感動で涙が止まりませんでした。

21歳で一心鮨に入り、5年後にはカウンターに立って仕事をする——

そんな夢を描いていた私にとって、それは想像以上に早い形で叶った瞬間。これまでの努力や悔し涙がすべて報われたように感じました。

寿司職人になって一番といっていいほどの悔しさ。その経験を胸に、さらに技術を磨き、もっと多くのお客様に喜びを届けられる職人になろう!と決意させてくれたあのコンクールこそが、今振り返ると、私の人生における大きな転機であり、それまでに費やした時間や、いただいたご恩。それに報いることが出来なかった悔しさ。体験・経験した全てのことが何よりの宝物だったのです。


新たに私に任せられた、カウンターに立ち、巻き物を担当するという役割。
ひたすら巻き寿司を巻き、細巻きを仕上げ、押し寿司を押し、そして稲荷を丁寧に包む。これが私に与えられた仕事――
いえ、新たなステージへ向けた修行でした。

その頃の一心鮨本店のカウンターには絶え間なくお客様が座り、座敷はもちろん、出前もひっきりなし。1日に100人前以上の寿司を作り上げる日々でした。当然、その膨大な量に付け合わせる巻物やお寿司の数も凄まじかった。15キロもの甘いだし巻き卵を焼いても、それが瞬く間に消え去るのが日常だったんです。

そんな中でも、核となって揺るがなかった一心鮨の「仕事の本質。」
それは「技術と美しさへのこだわり。」
全国すし技術コンクールへの参加が、今思えばその象徴でした。
皆、黙っていても知っている。いわゆる暗黙の了解。
巻物の切り口がどうあるべきか、シャリの握りがどれほど正確でなければならないか――それらは、言葉で教え、語られるものではなく、体で覚え、共通認識として自然に身に付けていくものでした。

そして何より、あのスピード。遅い人でも1分間に6個、早い人は1分で12、いや13個は寿司を握っていました。
しかも、当時の一心鮨はネタの大きさがウリ。
通常だとネタはだいたい9センチ・シャリは12グラム〜15グラムが平均。
そんな中、ネタの長さは20センチと倍以上で、シャリは平均の最大値に近い15グラム。この規格外の大きさで13個なんです。

それでも先輩たちは無駄なく、美しく、手際よく寿司を握る。そしてまな板の上は常にピカピカで、きちんと整理されていました。
彼らのその姿――
息をのむほどに美しい仕事ぶりに、私は日々圧倒され、心から
「自分もああなりたい。」
と望み、カウンターでの修行(仕事)に励む毎日でした。


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