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−寿司屋のこばなし− ブロンズ受賞と「一門」という繋がり。

先月末「食べログアワード」に参加してきました。
日本全国に約87万軒の飲食店がある中で、
今回集結したシェフは約630名。
わずか0.05%という選ばれた場に招待していただき、
光栄なことにアワードにてブロンズを受賞しました。

当店はオープンから6年目を迎えます。
ここまで続けてこられたのは、支えてくれた妻、
共に歩んでくれたスタッフや、お取引先の皆様。
そしてなにより変わらず足を運んでくださる
常連様をはじめとする、お客様のおかげです。

振り返れば数々の試練や失敗があり、
笑顔より涙の方が多かったかもしれません。
しかし、このようなご褒美をいただけたことを励みに、
これからも謙虚な姿勢を忘れず、
一つ一つの寿司に祈りを込めて握り続けていきます。

そんな中、ふと【一門】という繋がりについて考えが巡り始めました。
折角なのでここに記録してみようと思います。

私が自分の寿司の成り立ちを明確にできたのは、昨年のある特別な出来事がきっかけでした。一心鮨の女将だった母そして妻と共に、父がかつて寿司を学んだ店、板橋区の栄寿司を訪れたのです。そこは単なる思い出の場所ではなく、父が寿司職人としての基礎を築いた、私たち家族にとっては重要な場所でした。

店主のご厚意で、父や師匠である寺岡氏と共に修行したことのある大先輩が挨拶に来てくださいました。その方が語ってくれたのは、父の修行時代の貴重なエピソードでした。父は体にハンデがありながらも、誰よりも明るく、一生懸命に仕事に取り組んでいたそうです。そのひたむきな姿勢が多くの人々の心を動かし、職場の人気者だったという話も聞かせていただきました。その光景を想像するだけで、胸が熱くなる思いでした。

実のところ、私はこれまで「一門」ということについて、一定の考えなどは全く持っていませんでした。寿司職人として、自分の腕を磨き、経験を積むことだけが大切だと思っていたのです。

しかし、この訪問を通じて自分がどれほど多くの人々の、思いや努力の積み重ねの上に立っているのかに気づかされました。単に技術を受け継いでいるだけではなく、知らず知らずのうちに、精神や文化、誇りまでも引き継いでいるのだと知ったのです。

お話をさせていただく中、こんな質問を大先輩へ投げかけていました。
「○○さん(大先輩)や父、寺岡さんは大野健蔵氏から寿司を学びましたが、大野健蔵氏はどこで寿司の修行をされたのでしょうか?」

その問いに、大先輩は少し遠くを見るような目で答えてくれました。
「大野親方は過去の話をあまりしたがらなかったんだ。どうしても戦争という壮絶な時代を生き抜いてきた方だから…。私たちも詳しくは知らないんだけど、戦後、すぐに潰れてしまったけれど日本橋にあった老舗の有名な寿司店で修行されたみたいなんだ。ただ、名前は忘れてしまったな。」

この言葉を聞いたとき、心の奥底で何かが震えるのを感じました。自分の技術の“源”をたどるということは、まるで先祖をたどる旅のようなものでした。父が学び、師匠が教え、そのまた師匠が受け継いできた技術。そこには多くの人々の思いや努力が折り重なり、見えない糸で私へと繋がっていることを、心の奥底の何かが感じ取り、と同時に深い感動を覚えました。

このルーツをめぐる旅によって、私自身に栄寿司一門としての想いが、これまでとは全く別物となり、より一層強いものとなりました。
技術や知識だけでは語り尽くせない、精神的なつながりや誇りを、心の中で確かに感じたのです。

さらには、大野健蔵氏がただの職人ではなく、全国寿司組合の初代技術本部長として全国の寿司店に技術を伝えた方だったということです。その技術は、個人の枠を超えて、多くの寿司職人たちへと広がり、今も息づいています。

この経験を通して強く実感したのは、「一門」とは血縁だけで繋がるものではないということ。技術、精神、誇り——それらを共有することで生まれる家族的な親近感、これこそが一門の本質です。私が握る寿司の中には、父や師匠、そしてその先の人々の思いが脈々と息づいています。

寿司とは、ただの技術の結晶ではない。
人と人との繋がり、時代を超えて受け継がれる心の結晶なのです。
そして、この心の結晶は、大野健蔵氏から父や寺岡へ、さらに私へと受け継がれてきました。
この見えない繋がり、心の結晶について理解した時、私はこの、自分へ引き継がれた技術や想いを、次の世代へと繋げていくことが自身の使命であると強く決心しました。

私たち一門には、代々伝わる握りの型があります。
それはただの技法ではなく、仏の手印で寿司を握るという、深い意味を持つものです。
一貫に込めるのは、食材だけでなく、祈りにも似た心そのもの。

こんな崇高な考え方を持つ寿司の文化を、私につないでくれたすべての人々に、心から感謝しています。
この感謝の気持ちを胸に、私は今日も寿司を握り続けます。

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