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第21話 調子に乗り始めた頃
寿司職人としての修行を始めてからの数年は
早く立派な寿司職人になりたい。
早く父に追いつきたい。
日本一の寿司職人になるんだ。——
そんな思いを胸に、肩に力を込めて毎日仕事に向き合っていました。
がむしゃらに努力することで、自分が少しずつ成長している実感がありましたし、それが何よりの原動力でした。
その甲斐あってか、修業も4年目になる頃には、
気がつけばカウンターに立たせてもらえるようになっていました。
仕事が終われば街へ繰り出し、気になる店を食べ歩きます。
産地を巡っては旬の魚に触れ、合間の時間は料理本を片っ端から読み漁ります。さらに飲食ビジネスの専門書まで手を伸ばして、
「もっと知りたい。もっと上手くなりたい。」
と、ひたすら知識を詰め込んでいるのが当たり前になっていました。
そんな日々を積み重ねるうちに、少しずつ自信も芽生えてきました。
ふと周りを見渡すと、自分の知っていることを、意外と先輩たちは知らないことに気づきました。
魚の種類や旬、仕込みの理論、経営の知識……
「あれ? もしかして私の方が詳しいんじゃないか?」
なんて、そんな気持ちが頭をよぎるようになりました。
それだけではありません。
魚をさばけば、前よりもずっと早く、正確にできるようになっていました。
仕事の流れも自然と理解でき、店の業務もスムーズに回せるようになり、気がつけば余裕が生まれていました。
すると、これまで自分のことに必死でただそこに集中していたのに、つい人のことにまで口を挟んでしまうことが増えるようになりました。
「もっとこうしたほうがいいんじゃないですか?」
「このやり方、ちょっと非効率じゃないですか?」
最初は質問も含めた、純粋な意見でした。
でも、いつの間にかその言葉には、自信という名の「驕り」が混ざり始めていました。
ただ、自分が成長していることが嬉しくて、
自分の正しさを証明したくて仕方なかったのです。
さらには心のどこかで
「俺がこの店を変えてやる。」
「もっと良い寿司を握れるはずだ。」
と、そんな傲慢な気持ちすらも抱えていました。
当然、そんな態度は周りに好かれるわけがありません。
先輩たちのやり方を否定し
「じゃあお前に何がわかるんだ?」
と反論される。
可愛げのない後輩なんて、可愛がられるはずもありません。
気づけば、店の中で浮いた存在になり「扱いづらい奴」になっていました。
それでもどこかで
「俺ならもっと上手くやれる。」
「こうすればもっと良くなるのに。」
と、いう考えが一向に頭から離れなかったのです。
そして少しずつ、先輩達をどこか馬鹿にしている人間になっていってしまいました。
こうやって知らず知らずのうちに、職人として成長したはずの自分が、ただの生意気な若造になっていたのです。
そんな私にまた新たな試練が与えられることになるのです。