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砂上に宿るきらめき

一つ前の輪廻から再び目を覚ましたとき、あたりには黄色い砂が舞っていた。曲がりくねった道を這うように進む自分の身体を、かつての記憶が淡く押し寄せて包む。

あのとき、どこかで誰かが見せてくれた笑顔を思い出すたび、胸の奥がざわついた。はたしてこの道の先には、どんな未来が待っているのだろう。そこには新たな冒険者が待ち構えているかもしれないし、自分を呼ぶ声があるかもしれない。

見知らぬ世界と再会するたび、胸の中に広がる期待と不安がない交ぜになる。それでも、失われた時間の儚さを抱えながら、一歩一歩と前に進む決意は揺るがなかった。

一瞬の愛情すら知らないまま、無造作に斬りつけられることが当たり前だった自分にも、なぜか心があるのだと感じた瞬間がある。体ごと吸い寄せてしまいそうな優しい声や、くすぐり合うような穏やかな空気が、ほんの刹那であってもこの世界を美しく映し出してくれた。

しかし、その感動は自分の内面だけにひそやかに育つもので、外からの攻撃や迫害を防げるほど頑丈ではない。うっすらと伝わるぬくもりに身を寄せるたび、「もしこのまま隠れていられたら」と考えてしまう。けれど自分の足音は、小さな青い体を守りながらも未来を探し続ける。

あるとき、すでに朽ちかけた手紙を見つけた。紙には、拙い文字で綴られた心からの思いが記されていたが、途中で雨に溶かされたのか、ところどころ判読できない。まるで思い出も半分だけ残って、どこかへ流れ去ってしまったような感覚を覚えた。

読めない文章の隙間に、かつての自分が抱いていた何かが透けて見えるようで、胸が疼く。時の流れはすべてを塗り替えてしまうのに、人はそれでも想いを形に残そうとする。その切なさを噛みしめた瞬間、無理やり引き戻される現実。

気づけば冒険者の足音が近づき、冷たい水の上に散る自分の身体を感じた。

一度消えても、またどこかで目を覚ます。それが自分の定めだとしても、あの場所だけは変わっていてほしくないと思うときがある。まだ温かな春の風が吹きはじめた頃、過去に見た風景が頭をよぎった。

雪でぬれた頬をぬぐいながら、遠い記憶に霞む誰かの声が
「きっとまた会える」
と言っていた気がする。

行き交う人々が通り過ぎる野原の奥に、その言葉を置いてきた場所がある。そこだけは過去と未来をつなぐ不変のよりどころに思え、いつか再び行けば、何かが終わらずに続いているような錯覚を得られそうだった。

生まれ変わるたび、自分が何者であるかが分からなくなる瞬間がある。どれだけ真面目に生きても、時にはズルをしてしまいたくなる。あるときは誰かの攻撃を甘んじて受け、またあるときは見えない敵を傷つけたくなる衝動に駆られる。

そんな自己破壊的な思いを抱えつつ、なおも再生を繰り返すことで、自分という存在は薄くもあり強くもなる。張り詰めた緊張感の中から、あたかも春の陽射しに溶けるように生まれる花びらを眺めていると、痛みが美しさに変わる不思議を知るのだ。

何度目かの再出発を迎えたある朝、世界には新しい光が差していた。かつて心を寄せた記憶も、過去の愛しさも、すべては今の一歩を支える糧になる。

自分はほんの弱い存在かもしれないが、それでも溶けきらずに此処にいる。次に何が待つのかはわからない。しかし、淡い予感が現実を少しずつ形作りはじめていることだけは、確かに感じられた。

それからの日々は、また出会いと別れを繰り返していくのだろう。短いながらも周期的にめぐる愛の手触りは、確かに自分を支えている。

小さな喜びを味わえるたび、人生のあいまにある曖昧な道徳観も受け入れられる気がする。あの場所への帰還を願い、ひたすらに時を巡る輪の中を泳ぎ続ける。それは一見、無意味に思えるかもしれないが、この世界を生き抜く意志の証でもある。

再びスライムとして転生する時が来ても、きっと同じように希望と不安を抱きながら、一歩ずつ明日へと進むのだ。

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