可能なるコモンウェルス〈22〉
デモスとは、たとえある者同士が「かねてから人同士を結びつけていた血縁的な関係などにおいてでは、実は全く無関係な者同士だった」としても、その者らを「デモスとして互いに結びつけることが可能となる関係性」として成立している、一般的で社会的な人間集団である。言い換えるとデモスとは、その人間集団としての関係性が「どのような関係の仕方においてでも適用しうるような、社会的で一般的な人同士の関係性」として機能する限りで成立する、「一般的で社会的な人間共同体」として設計され構築されているものなのだと言えるわけである。
それゆえ、たとえば「デモス」という言葉のその指し示す対象が、「実は時を経て次第に変化していっているのだ」という話も、実際その「デモス」という言葉および概念が、まさに「一般的・社会的に機能するもの」として成立しているからこそ、たとえそのような時代変化の中にあってもなお、「人間同士が社会的かつ一般的に取り結ぶことのできる、その人同士としての関係性を、構築する機能を実際に果たしていた」という事実が明白に存在していたのだということを、むしろ雄弁に語っているものなのだ、というのにすぎないエピソードなのである。
「デモスという言葉」が指し示す人間集団は実際、常に「抽象的」なものとして見出されることとなる。
たとえば「民衆」なるものを、何か「具体的な人間集団として見出そう」としたとしても、しかしその試みは実際、いつも失敗することになるだろうし、まさしく実際に失敗してきた歴史というものがあるわけだ。どうしてそのように失敗してしまうのかというのは、実際その「民衆」という言葉が指し示す表象が、「一般的・社会的な関係性の機能および構造において、すでに抽象されて見出されている」のだということを、いつも忘れているからなのに他ならないのである。
だから、もしも「民衆の声」なるものがその時々によって、まるでそれまでとは相反するようなことを要求しているように聞こえるのだとしても、それでもなお「実際その時々の民衆という人間集団によって表現された、その時々の要求あるいは欲望」として成立してしまうのは、まさに民衆=デモスという人間集団が、社会的で一般的な人間集団として互いに結びつき合って成立しているからなのであり、その人間集団によるその時々の要求あるいは欲望が、その時々の社会的かつ一般的な表現として表象されているからなのに他ならないというわけである。
そういう観点から言ってもデモスというものはやはり、たとえば「具体的にはいつも手の施しようのないほどの固有さを持って現れて、そのため『それぞれが、それ独自の存在として現れている』というように見なされてしまう」(※1)ような、「ネーション」という人間集団=共同体とは全く相反するものであるようにして、むしろ逆に「いつも手の施しようのない抽象性を持って現われる」ものなのだというように言えるわけなのだ。
だからその存在はかえって、「それぞれがそれ独自の存在として特定される」などということがけっしてないのだろう。たとえば「日本の」ネーションと「ロシアの」ネーションは、「それぞれ独自の存在として見出される」こととなるもののはずである。しかし、「日本の」デモスと「ロシアの」デモスを見比べて、その「デモス性」において何か「それぞれの独自性」などといったものなど、きっとどこにも見出せないだろう。その人同士としての結びつき方といったら、実際ほとんど何一つ変わりはない。このように、デモス=民衆とはいつも同じ顔をして現れるものなのだ。言い換えると、人々がデモスである限りにおいて、実際「誰でも・いつでも・どこでもデモス」なのである。
そしてこの、「デモスという人間集団が形成される、その一般的・社会的な形式」こそが、「誰もが主権者である」という人民主権の、その「一般的・社会的な政治原理」にもとづいて成り立っている、近代デモクラシー=民主主義をまさしく基礎作っているのだという事実は、そう考えればたしかに、あまりにも当然すぎる帰結なのだと言うべきであろう。
〈つづく〉
◎引用・参照
※1 アンダーソン「想像の共同体」