君はいつもズレている
君は作家だ。
そう言うと、君は微笑みながら「違うよ、私はただ憧れてるだけ」と返した。
その言葉には謙遜より根深い何かが渦巻いていて、その微笑みには諦めと安堵が内包されていた。
君は頭がいいから、センスもあるから、何より冷静だから、思いあがることがない。思いあがることが出来ない。
ボードレールは詠った。
「君の肩をくじき、君の体を地に圧し曲げる恐ろしい時の重荷を感じたくないなら、君は絶え間なく酔つてゐなければならない。」
その通りだと思う。シラフで乗り切るには、この世界は過酷すぎる。
作家じゃないそんな君は、酔えているのだろうか。
それを聞く勇気が僕には、ない。正解を知っている君が説く答えはきっと、残酷なものだから。
完成したの?
「どうだろう?」
彼女は首を傾げると、視線を斜め上へずらした。考え事をするときの癖だ。暫くそうすると、うんうんと小さく頷きながら視線を戻した。
「完成とは言えないかな」
なんで?
「これは、日の光を浴びて、初めて完成するものだから」
果てしなく暖かく、柔らかい表情で彼女はゆっくりと言葉を紡いだ。
「だから、これはきっと永遠に未完成」
それは嘘だ。
僕の目から見たそれは、途方もなく完成していて、根拠はないが、多分もうこれ以上はない。そんな気がした。
それを未完成と一蹴する本人の言葉含め、完膚なきまでに完成された美学が僕を翻弄する。
無造作に伸びきったペペロミアが窓を覆い、差し込んだ木漏れ日の中には埃が舞う。「寒いねぇ」とマグカップに手を添えた彼女の目は、やはり斜め上を見据えていた。