「人間達はいったかい」 「いったと思うよ」 道路沿いの排水溝から、小さな鼻が突き出た。長いヒゲを揺らしながら周囲を警戒するように辺りを見回して、また引っ込む。 「ほんとうだろうね」 「そのつもりだよ」 今度はもう少し堂々と、しかしやはり慎重に、鼻、ヒゲ、そして顔の順に日の光に照らされる。薄茶色とまばらに灰色が混ざった毛皮がきらきらと輝く。そして短い手足を小刻みに動かしながらヒゲを整えると、俵形の体を揺らしながら排水溝から這い出た。 もう何年も舗装されていないであろう、ひび割れ
ほんの一瞬だけ視界にうつした。鮮やかな、ピンク色の、もじゃもじゃな破片が、水たまりと混ざりあい、道路の真ん中で飛び散っていた。人に対する嫌悪と本能的な吐き気が込み上げてきて、涙が滲んだ。水浸しになったジーンズと、今日は晴れだと思って着てきたふわふわだったジャケットが、まだら模様に肌に張り付く。雨水を通してピンクが体をつたうような感じがして、不安になった。その日は、何も食べなかった。
画面が点滅し、眉間にずきずきと痛みが走る。 おまけにカフェインの摂りすぎか、指を持ち上げる度に手が痙攣した。 もう何時間経過したのだろう、何をしても同じエラーを吐き続ける画面を凝視しながら、わたしはノイローゼになっていた。 先輩に助けを求めたら無能だと思われるだろうか。いや、そんなことはない。一人で悩んで結局出来ない方が無能だと思われる。そのぐらい分かってる。本当はただ、面倒なだけだ。今のわたしには答えを聞いて理解する体力はおろか、正常な会話が出来る自信すらない。相談するぐ
この街には光の速度で走る列車がある。 前面部に印刷されている大文字の青いMは劣化でくすみ、その左右に位置する楕円形のヘッドライトはバッタの顔を彷彿とさせる。人を食わんとする勢いで酷い金切り声を上げると、列車はゆっくりと動き出した。金切り声は徐々に音程を上げていき、じきに聞こえなくなった。 音を忘れた列車は孤独に夜の街を走る。高速道路沿いの地上を走っているものの、他の車は到底見えない。速度のせいか、闇のせいか、わからなかった。 視界も、音も遮断された列車は世界から遮断され
仕事が終わり帰路につく。会社を出ると、肌寒い秋の風が肌を刺した。舞い上がる長めの髪を鬱陶しく思いながら、ぼくは思わず羽織っていたコートのファスナーを上げた。会社から駅までの直線距離は凡そ徒歩一分もないのに、間に大きく構える駐車場を迂回しなければいけないため、実際は五分ほどかかる。このどうでもいい歯がゆさを億劫に思いながら、駅への坂を下りた。駅へ着くと、今度は階段があり、それを登る。そして改札を抜け、今度はエスカレーターを降りる。そこで電車を待つ。 迂回して、下がって、上がって
茶を飲める日はいい日だ。 近頃、疲弊した頭が晩飯に欲するものと言えばシリアルで、そこから得られる微量の栄養を体内でエネルギーに変換し、どうにかこうにか生きている。 半年前ごろから、会社が無料で提供している栄養士サービスを利用し、人間らしい食事や健康的な運動量などを意識するよう努めてきた。はじめのうちは良かった。我ながら素直に栄養士の助言を受け入れ、炭水化物を控え、食物繊維を必要量接種し、たんぱく質も十分とるよう献立を考えた。週末には午後の12時に毎週カレンダーに「ジムへ行く」
君は作家だ。 そう言うと、君は微笑みながら「違うよ、私はただ憧れてるだけ」と返した。 その言葉には謙遜より根深い何かが渦巻いていて、その微笑みには諦めと安堵が内包されていた。 君は頭がいいから、センスもあるから、何より冷静だから、思いあがることがない。思いあがることが出来ない。 ボードレールは詠った。 「君の肩をくじき、君の体を地に圧し曲げる恐ろしい時の重荷を感じたくないなら、君は絶え間なく酔つてゐなければならない。」 その通りだと思う。シラフで乗り切るには、この
反論され、それは違うと言われた時、惨めな思いをするのが恐ろしくていつしか口が勝手に動くようになっていた。 考えを発したその瞬間から、取りつかれたように自分の意見の真実性を訴えるのは毎度のことで、また、そんな自分を滑稽に思い、後になって後悔するのも毎度のことであった。 喋りすぎる様が滑稽というのもあるが、本質はそこではない。人に伝えようとした瞬間、頭の中で思い描いていた景色や思想、或いは悲しみなんかがその場の雰囲気とか空気とかそういうものに触れてぽろぽろと崩れていく。どんな
*本文はアニメ『ウマ娘 プリティーダービー』のネタバレを含みます。 ウマ娘の二期、最高でした。 初っ端からナイスネイチャの「言わせない言わせない言わせない言わせない!テイオーが出ていればなんて絶対言わせない!」でうるっとさせ、10話でもはや号泣を強要し、最終話でまたうるっとさせるという神アニメっぷりを披露してくれました。何度拳を握りしめて「行け!」と小さく叫んだことか。 さて、今まで競馬とは縁のない人生を送ってきた僕ですが、どうやらウマ娘は史実に忠実らしいとのこと。より
このご時世、どこぞの馬の骨であろうが何だろうが発信場所は無数に用意されている。 投稿、配信、アップロードの三拍子と共に、生産されるコンテンツは消費者の有無なぞ関係なしに世に送り出されていく。右を向けばツイッター、左を向けばYouTube、見上げればインスタが今日も輝いており、見下ろすとnoteで何やら奇怪な文章達がうごめいている。噴水のごとく湧き出る作品でこの世は沈没するのではないか、とさえ思えた。思えたが、そんなわけがない。噴水の水で沈没してたまるか。そもそもコンテンツは
歴史的名作、松本大洋の「ピンポン」が破壊したスポーツ漫画の常識を解説するという動画がある。そこでわるい本田さんがこんな事を言っていた。 読者が一番感情移入するのって…アクマなんですよ!だって殆どの人は才能ないから。 確かに!! 声に出してそう思った。才能があるものに嫉妬するというあの図、共感しない人はいなかろう。実際、漫画としての構造上アクマは意図的に「読者の共感先」という役割を担っているのかもしれない。しかも大抵の読者に刺さりまくる。自分もそうだった。だってアクマかっ
『四畳半神話大系』という作品をご存知だろうか。未視聴であれば、ネタバレ注意とだけ書いておく。 『四畳半神話大系』とは2005年に刊行された森見登美彦による小説であり、湯浅政明監督の元2010年にはアニメ化もしている作品である。 僕にとって四畳半神話大系は森見登美彦を知るきっかっけとなった作品であり何度も観返す程好きな作品だ。無論小説の完成度もさることながら、アニメ版の主人公「私」(CV: 浅沼晋太郎)の常にまいた語り口調や手拍子でも合わせられそうなくらいテンポのいいアニメ
タイトル通りだ。 BPM15Q解散後、CY...なんとかという形で苺りなはむの意思が継がれたまでは覚えているが実際に曲を聴いたことはなかった。 それを解散騒動という一種の「バズりネタ」によって先日知ることになる。 辿り着いたのが圧倒的エネルギーを感じさせる一時間13分の1カメワンカットミュージックビデオ。 (ここから先は「伝えたいこと」を別タブで流しながらこの記事と引用先の記事などを流し読みするくらいがちょうどいいと思う。) そして概要欄の CY8ERは2021年
突如として現れKawaii Future Rockという独自の音楽ジャンルを開拓したトラックメイカーユニット、それがNeko Hacker。 なんて紹介はググれば速攻目に入る。 ここでは少し違った観点からこの次世代DJユニットを考察していこうと思う。 たったの二年前、2018年3月14日に「Sweet Dreams .feat 利香」という一本のミュージックビデオがYouTubeに投稿された。 淡い色彩、可愛らしい演出、心地良いギターサウンドから始まりガツンと来る、「
ゲームをしている方なら何度か、あるいは毎日「レート」という言葉を耳にすると思います。レート1500でスタートし、レート2000という数字を目標にするプレイヤーはゲームタイトル問わずガチ勢界隈では多いのではないでしょうか。所謂レーティング対戦の主軸となっているこの数字をこれから噛み砕いて説明していこうと思います。 イロレーティングっていうらしい本文で説明するレーティングシステムはアメリカ人物理学者でありチェスガチ勢のアルパド・イロが考案し1960年にアメリカ合衆国チェス連盟に
ヨーロッパ横断旅行4日目。 ルクセンブルクは何百年にも渡り周辺国から領土を守るため要塞国家として発達していった。そのため都市の見どころはやはり世界遺産として登録されいる城や要塞の数々だ。取り敢えず石畳の道通りを散歩しながら中世の雰囲気を味わい、昼時には静かなカフェなどでお茶でもしようと思い電車を降りた。 中央駅周辺は人と工事看板でごった返していた。旅行鞄を持った家族が急ぎ足で道を渡り、スーツを着込んだ会社員が電話をしながら小走りにコンビニを出ていく。見渡すと丁度3本クレー