「しあわせのパン」 三島有紀子
「ずっと、ずっと見てて。 私のこと 水縞くんのことも見てるから」
「しあわせのパン」 三島有紀子
りえさんは、6歳の頃「月とマーニ」という絵本が大好きでした。
何度も何度も、この絵本を読みました。
マーニのことが大好きで、ずっとマーニを探していました。
そうしているうちに、どんどんまわりに「好きじゃないもの」が増えていきました。
唯一の家族のお父さんが亡くなり、りえさんの心は小さくなっていました。
そんな「大変」がたまった頃、
水縞君が「月浦で暮らそう」と言いました。
二人は北海道・洞爺湖の月浦で
パンカフェ「マーニ」をはじめます。
りえさんがおいしい珈琲と料理を作り、
水縞君がおいしいパンを焼く。
そしてここに
素敵なお客さんが集まり、日常に行き詰まった人たちが集まります。
この物語は
「夏のお客さん」
「秋のお客さん」
「冬のお客さん」
「水縞君の日記」
という形で、お話が進んでゆきます。
とくに心に残ったのが
「冬のお客さん」
◇
神戸で風呂屋をしていた阪本さん。
神戸の震災で、娘の有月(ユズキ)さんを亡くしました。
それでも阪本さんは、あたたかいお風呂に入ってもらおうと、がんばって風呂屋を立て直しました。
しかし
阪本さんの5歳年上の妻アヤさんは、末期の肺ガンでした。
阪本さんはアヤさんを、新婚旅行で行った月浦に連れて行きます。
阪本さんは病気で苦しんでいるアヤさんと、月を一緒に見たあと死のうと考えていました。
列車を乗り過ごしてしまい、有珠駅に着いたのが夕方。
外は吹雪いていて、前も見えません。
駅舎で吹雪きがやむのを待っていると、ふと公衆電話のところに貼ってあったチラシが目に入りました。
阪本さんは「カフェ マーニ」に電話をしました。
水縞くんが車で駅まで二人を迎えに行き、阪本さん夫婦は「カフェ・マーニ」に来ました。
りえさんは、ほうじ茶を入れます。
アヤさんはパンが苦手だったみたいで、急遽ごはんを炊くことに。
しかし、お米がありません。
水縞くんは、知り合いの農家のところへお米をもらいに行きます。
それからどれくらいたったか
月が雲間から見えてきました。
アヤさんは、静かにうなずきます。
りえさんは、叫びます!
そこに水縞くんが帰ってきました。
カフェの中に2人を戻して、
あたたかい珈琲と夕食を出しました。
カウンターから、パンの焼けた匂いがしました。
アヤさんはカウンターに行きます。
そして
苦手なはずのパンを食べました。
阪本さんは、アヤさんに
アヤさんは、生きたかったんです。
ただ、なにもかも疲れ果てていた阪本さんのことを想って、一緒に死のうとしていたのです。
アヤさんは、阪本さんに言いました。
水縞くんは、阪本さんに
それから阪本さん夫妻は、マーニの素敵な仲間たちと一緒にパンを作ったり、踊ったり、楽しいときを過ごします。
満月の夜。
◇
最後の稿は、水縞くんの日記です。
どうやってりえさんと出逢い、また、りえさんが《マーニ》を見つけるまでの日記です。
夫婦だと思っていた水縞くんとりえさん。
実は夫婦ではなかったんです。
月浦に行くまで2人が会ったのは、たったの2回。
2回目に会った時、「月浦で暮らそう」
と水縞くんはりえさんに言いました。
モノレールで裸足で立っているりえさんを見つけた水縞くんは、思わずりえさんに声をかけたのです。
何かを抱えていたりえさん。
水縞くんと月浦で暮しはじめます。
東京で不安そうなりえさんの顔を見たとき、「このままこの人をここにいさせてはいけない、ここではないどこかへ連れ出さなければ」と思ったのです。
水縞くんも、東京での自分の居場所に違和感を覚えていました。
「カフェ・マーニ」をはじめた2人。
月浦の自然、
マーニを取り囲む仲間たち、
問題を抱えたお客さんとの出逢い。
2人の心は、変わってゆきました。
ある夜水縞くんは、りえさんが大切にしている絵本「月とマーニ」を読みます。
阪本さんとアヤさんを駅に送っていった2人。
列車が見えなくなるまで、ホームにいました。
りえさんは、言います。
神戸の阪本さんから、手紙がきました。
りえさんと水縞くんは、初めてカフェの一番奥のテーブルで向かい合ってごはんを食べました。
りえさんは、言いました。
◇
僕は、阪本さんの手紙の中の
この言葉を大切にしたいと思いました。
自分たちの信じることを
心を込めてやっていく
【出典】
「しあわせのパン」 三島有紀子 ポプラ文庫
巻末には、絵本「月とマーニ」が収録されています。
いつも読んでいただきまして、ありがとうございます。それだけで十分ありがたいです。