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「この世にたやすい仕事はない」 津村記久子
「どの人にも、信じた仕事から逃げ出したくなって、道からずり落ちてしまうことがあるのかもしれない、と今は思う。」
「この世にたやすい仕事はない」 津村記久子
この物語の主人公・36歳、女性の「私」は、新卒で14年働いた会社でのストレスに耐え、燃え尽き症候群になってしまい会社を辞めました。
そして
職探しの相談員・正門さんにこのような条件を出したのです。
一日スキンケア用品のコラーゲンの抽出を見守るような仕事はありますかね?
初老の相談員の女性・正門さんはその条件を聞くと、キラリと眼鏡を光らせます!
「あなたにぴったりな仕事があります」
その仕事とは
小説家・山本山江の行動をひたすら隠しカメラで監視するという仕事。(ヤバイ密輸品を所持品(DVDかBD)の中に隠されているらしい)
そうして、ずっと山本山江の行動を監視していると「私」はモニター越しの山本山江に影響を受けまくり、山本山江の嗜好や思考、行動からブツにたどり着くのです。
だんだん、自分が山本山江と生活をともにしているような気分になってきていた。
喜怒哀楽、というとバリエーションが過ぎるのだが、「喜」「楽」ぐらいは共有しているような感じがする。
「哀」は惜しいのだが、どちらかというと「怠」に近い。
「私」はこんな感じで、5つの仕事を転々とします。
あとの4つの仕事が
・循環バス「アホウドリ号」に流れるアナウンス広告をつくる仕事。
・創業四十年のおかきを作っている会社のおかきの袋の裏に、豆知識のような文言を考える仕事。
・店舗や民家などを訪ねて、ポスターの貼り換えをする仕事。
・大きな森(大林大森林公園)の小屋での簡単な仕事。
どれも長続きはしなかったのですが、5つの仕事を通して「私」はある境地に達するのです。
この物語の5つの仕事、どれも不思議なちょっと変な仕事なんですよね。
「こんな仕事あるの?」って思います。
それが
津村記久子さんの巧みな筆致に、とてもリアルに感じさせられます。いつの間にかその世界に深く入ってしまいます。読むスピードが上がっていきます。
「どうなるんだろう?」とその世界に没入し、過緊張になり、その緊張状態から弛緩させられるようにクスッと笑える間が突如襲ってきます。
「山本山江」や「アホウドリ号」や「ふじこさん」や「さびしくない」や「大林大森林公園」というくりかえされるワードが出てくるたびに、期待しているわけではないのですけど、なぜか頬がゆるむのです。
「私」は前職で燃え尽き症候群になるくらいですので、どの仕事も一所懸命に取り組みます。コラーゲンの抽出を見守るだけには留まらないような働きをします。世にも奇妙な展開や、ミステリアスでオカルトチックな出来事から直接的、間接的に問題を解決に導きます。
そうして
最後の章の大きな森の小屋での仕事で、「私」はこのように思い至るのです。
そうだ、私は、森の中であの本を発見した時に、確かに緊張したのだ。不意に言い当てられたような気がしたのだ。こうやって森の中で時間を潰しているんだね、と。
どの人にも、信じた仕事から逃げ出したくなって、道からずり落ちてしまうことがあるのかもしれない、と今は思う。
誰だってあります。一所懸命になればなるほど、落とし穴にはまってしまうことがあります。そういうときは少し休んで時間を潰せばいいんですよね。
そういうふとした陥穽は、どこにでも口を開けているのだろうと思う、仕事や何やに没入して、それに費やす気持ちが多ければ多いほど、その数も多いのだろう。
この世にたやすい仕事はないけれど、この本を読んだあと気持ちがとても楽になりました。
【出典】
「この世にたやすい仕事はない」 津村記久子 新潮文庫