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映画評 ディア・ファミリー🇯🇵
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世界で17万人の命を救ったIABP(大動脈内バルーンパンピング)バルーンカテーテルの誕生にまつわる実話を『君の膵臓をたべたい』『センセイ君主』の月川翔監督で映画化。
小さな町工場を経営する坪井宣政(大泉洋)は、生まれつき心臓疾患を抱えている娘・佳美のために人工心臓を作ることを決意する。娘を救いたい一心で未就学の医療を学び、資金繰りをして何年も開発に奔走する。しかし佳美のタイムリミットは刻一刻と近づいていた。
娘を病気から救うために作られた医療器具が、結果的に17万人もの命を救うことになるなど誰が予想しただろう。しかも開発者は医療知識ゼロの素人。この偉業に、開発した本人ですらも驚いているのではないか。事実は小説よりも奇なりというが、まさに本作のためにある。
医療知識ゼロからの挑戦は当然ながら上手くいかない。日夜勉強、支援の打ち切り、仲間の離脱、医療素人のレッテルも開発を滞らせる。加えて経済活動における障壁も重なり、娘の命が救われるタイムリミットの影がちらつき、お父さん及び家族の苦労に感情移入できる。
それでも辛気臭い御涙頂戴映画というわけではない。やるせ無い雰囲気をお父さんの行動力と前向きさで明るく打ち消す。トライアンドエラーを繰り返し、各地に赴いては頭を下げて援助を働きかけたり、最新医療を学んだりと常に行動している。「悲しんでいる暇があったら行動しろ」とはこのことを言う。
家族の前では一切の弱音を吐かず前向きに頑張る姿を見せ続けているからこそ娘のことを想い、家族からの励ましに涙するお父さんの姿にグッとくるものがある。一種の観客を泣かせにかかる演出ではあるのだが、感情移入させる条件をきちんと揃え、カタルシスの解放として機能させているため、感動の持っていき方が上手いと評価できる。
自然と涙が流れる感動の映画と言いたいところだが、人工心臓からバルーンカルーテルの開発に舵を切ったあたりから、登場人物が皆、隙あらば「バルーンカルーテル」と特定の固有名詞を連呼するようになる。
固有名詞を発する際はタイミングと回数を考えて台詞として昇華しなければならないが、本作は「とにかくバルーンカルーテル、だからバルーンカルーテル」と主張しているかの如く不自然すぎるほど連呼されるため、プロパガンダのように見えてしまう心地悪さを感じざる得ない。
娘を救うために医療器具を開発した1人の男性とその家族の物語というより、登場人物が皆揃って「バルーンカルーテル」を連呼する物語という印象に上書きされてしまった勿体なさが心残りである。