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「いい本づくり」ってなんだろう。書籍の「企画」と「タイトル」ができるまで
こんにちは、実用書の編集をしている高橋ピクトと申します。
今日は、担当した新刊にまつわるお話です。
本のことはもちろんですが、その製作過程もご紹介したくて記事を書きます。
今、「よい本づくりって、何だろう」と考えながらつくった本の話です。
正解がない話ではあるのですが、本を出版するだけでは本が売れなくなった時代に、これはとても大事なことです。変わりゆく出版市場において、何を考え、どう行動したのか、もしよろしければお読みください。
まず、ご紹介させてください。こちらの本を担当しました。
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『みそ味じゃないみそレシピ』。
今回は「どのように企画が作られたか」そして「タイトルがどのように決まったか」をお伝えします。
この企画は、著者のminokamoさんのアイディアによるもの、編集プロダクションであるモッシュブックスの伊藤さんによって作られた企画書でした。
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日常のアイディアがつまった、あったかい企画書でした。
「minokamoさんと一緒に本を作りたい」と熱望していた伊藤さんが立てた企画です。伊藤さんと私は、何度も一緒に仕事をしています。そんな信頼する編集者が気持ちの入った企画を提案してくれるなんて、とてもうれしいことです。
この企画の一番面白いところは、
「塩やしょうゆなど、いつもの調味料の代わりにみそを使うと、驚くほどおいしくなる」ということ。
企画をご提案いただいた後、minokamoさんはご自宅で「みそ食事会」を企画してくれました。下の写真はその中の数品、たまごサンドとハヤシライス、プリンでした。
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もっとも驚いたのは、たまごサンドでした。たまごソースがみそ味というわけではなく、パンにアンチョビのようにチョンチョンと塗ることによって、味にアクセントが出て、お酒に合う料理に変身していました。ハヤシライスはコクがあって、数時間煮込んだの?という味。プリンには優しい塩気で甘味がまろやか、チーズケーキのようでした。
このみその使い方は誰も教えてくれなかったし、面白い!と感じました。
本が売れない時代に、
出版企画を通すということ
しかし、現在の本づくりで難しいのは、
企画は簡単には通らないということです。
みその本は、定番ではありますが、売れ筋というわけではありません。
さらには、定番企画は以前のように売れなくなってしまいました。
そういう企画を社内の会議で承認を得るのは、簡単ではありません。
社内でも、ポジティブな意見ばかりではありませんでした。
ただ、私はこの企画が面白いと思っていて、絶対に食いしん坊(おいしい物好き)に届くと思っている。ならば、面白いと思った企画を、どのように周囲に伝えていくか。思案のしどころです。
まず、企画をプレゼンする際に食事会での感動を伝えました。すると、料理好きの一人からこんな意見が出ました。「たまごサンドにみそを入れるとおいしいと話を聞き、作ってみようと思った」。
ここ、刺さるんだ。
このポイントが料理好きに伝わるならば、きっと広がると思いました。それならば、この企画はこちらからリクエストしすぎず、純粋にminokamoさんの考える「おいしいレシピ」を突き詰めてもらおうと考えました。
一方、「使うみその種類が多いと、面倒くさそう」という意見もありました。みその類書は、誠実な反面、こだわりが強く、マニアックな本も多い印象ですが、それをなるべく手軽にしようと考えました。
当初の企画書でも、みそは何種類も使わないことがコンセプトでしたが、minokamoさんはそれを発展させ、みそを「色の違い(薄い色・濃い色)」で紹介することになりました。企画時にはイメージでしたが、制作中に形になったのが下の画像の「みそバー」。
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みそは全国各地にいろいろな種類がありますが、それを思い切って「濃い色」「中間の色」「薄い色」の3パターンでわけ、それをグラデーションで表示したのです。
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企画時から制作時に気を付けた「よい本づくり」のポイントは、
企画の「面白いところはとことん面白く、気になるところは工夫を」ということでした。
「信頼できる編集者と著者の企画だから」と信じて通せる時代ではなったのは寂しいことです。しかし、経緯を振り返ると、この時代だからできた工夫だったんじゃないかと思っています。
実は、企画を最初にいただいてから通るまで、8カ月かかってしまいました。私が企画書を整えていたり、周囲に意見を聞いたりした結果です。申し訳なく思っています。
突飛なタイトルだからこそ、慎重に。
タイトル決めに時間をかけた
今回、こだわったのはタイトルでした。タイトル案を出し、決まるまで約2カ月。当社では、制作スタッフでタイトル案を考え、それを会議に案として提出し、営業と編集が数人集まり、意見を出し合ってタイトルを決めていきます。途中、こんな資料をつくり、意見を募りました。
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ここからブラッシュアップされ、残ったのは以下の3案。
ほとんど、上の「ひとさじ みそレシピ」に決まろうとしていました。
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今までならば、この定番的な「ひさとじみそレシピ」に決まっていたと思います。minokamoさんも気に入ってくれていましたし、これで決めることもできました。
でも、私にはそれでよいとは思えませんでした。
「みそ味じゃないみそレシピ」という突飛なタイトルをつけたのには、理由があります。今とにかく本が売れない、本屋さんにお客さんが来ない、という状況を何とかするために、タイトルだけで中身が読みたくなるものを、タイトルで本屋さんに人が呼べるものを、と考えました。
撮影の現場で出た「え!? これ、みそ入っているの?」「みそが入っているのに、みそ味じゃない!」という感想から思いついたタイトルです。
とはいえ突飛なネーミング、決めるのは慎重でした。
minokamoさんとはじっくり相談し、書店さんにも足を運んで意見を聞き、
営業や編集長、結構な回数、打ち合わせをしました。
その結果、賛否両論があると思いましたが、かなり多くの方が「みそ味じゃないみそレシピ」の案を推してくださることがわかりました。情報があふれる今、「何だろう?」「新しい!」という本を求めている方が多いのかもしれません。
タイトルづくりに時間をかけた結果、タイトル提案資料は、10ファイルを超えました。こんなことは初めての体験です。
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現在の本づくりの現場を表している?
丁寧な本づくりって何だろう
一冊のタイトルにこれだけの時間をかけることは、可能なのか。
同じ書籍編集者の中には、そう思う方もいらっしゃるかもしれません。
実は、わけがあって一冊の編集作業に時間がかけられるようになり、以上のようにじっくりとタイトルを考えることができた経緯があります。編集長からは「丁寧に本を作るように」と言われ、どうすればいいんだろうと考えました。ただ、時間を使うだけではよい本づくりはできないからです。
でも、今回の本づくりを通して感じたのは、「意見がまとまらないことほど、時間をかけて丁寧にすり合わせを行う」ことがよい本づくりなんじゃないかということです。
著者やスタッフとの意見交換はもちろんです。
タイトルに納得がいくかどうか、著者のminokamoさんに聞き、営業にも意見を聞き、そのうえで書店さんや、妻や両親、仕事仲間や友人たちに意見を聞き、またその意見をもってminokamoさんとお話して、指針を決めて、営業に提案して、納得できる決定をする。正直なところ、何本も並行して書籍を作っていたころにはできなかったと思います。
出版前夜に、本づくりを振り返る
丁寧な本づくりの締めくくりとして、見本ができた日にminokamoさんと本づくりの振り返り、今の気持ちを聞きました。
――出版を前にして、どんな気持ちですか?
私は、希望と不安がごちゃ混ぜな状態です。
どんなに納得してよい本を作ったとしても、出版前っていつもそうなんです。。。
「うーん、不安というより、ワクワクします。
本って面白い。自分の日常をつなぎ合わせたものが、本になって、
いろいろな人につながるのはすごい!
資料も、ゲラも、ずっとペッチャンコのものを見ていたから、
一つの個体になって本が完成して、すごく新鮮。生まれた!って感じ。
レシピも、文章も、楽しい気持ちで作らないと、なんとなく出来たものに現れてしまいますよね。『みそ味じゃないみそレシピ』は楽しく作れた本。みなさんの日常がおいしくなると嬉しいです」
minokamoさんの圧倒的なポジティブオーラに、私の不安な気持ちは吹き飛ばされたのでした。
以上、「よい本づくりって何だろう?」と考えて作った本の舞台裏です。
「楽しく本をつくる」現場をつくるために、時間をかける(立ち止まったり、納得できるまで話す)ことが「よい本づくり」なのかもしれません。
そのことを教えてくださったのは、minokamoさんです。制作中、いろいろなことがありました。でも、minokamoさんはいつでも、こちらの気持ちを汲んでくださり、ちょっと冗談を言いながらご自宅に迎え入れてくれました。そして、お料理が何よりおいしかったです。みその可能性は無限大ですね。ごちそうさまでした。
また、この本の制作中、打ち合わせや、撮影の現場が和やかになるよう差し入れや声掛け、常に気を使ってれたのは、企画者であり、この本の編集者でもある、伊藤さんでした。みんなの気持ちをひとつにするために、何度も打ち合わせを設定してくれました。
お二人とも、よい本づくりを教えてくださり、本当にありがとうございました。
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文 高橋ピクト
生活実用書の編集者。『背骨の実学』『新しい腸の教科書』『コリと痛みの地図帳』などの健康書、スポーツや囲碁、麻雀、競馬、アウトドア、料理など、趣味実用書を担当することが多いです。料理書は『豪快バーベキューレシピ』や『夏麺』など。
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