【総評】第65回アカデミー賞
総括
ノミネート時点でトップだったのは『許されざる者』『ハワーズ・エンド』の9部門、受賞数トップは作品賞も受賞した『許されざる者』の4部門でした。それに次いで『ドラキュラ』『ハワーズ・エンド』の3部門が続きます。
日本からは『ドラキュラ』の衣装を手掛けた石岡瑛子がオスカーを獲得しました。
外国語映画賞ではウルグアイ代表としてノミネートされた『A Place in the World』がノミネート取り消しになるという珍事も。
10作品の選定
作品賞にノミネートされたのは
『許されざる者』
『ハワーズ・エンド』
『クライング・ゲーム』
『ア・フュー・グッドメン』
『セント・オブ・ウーマン/夢の香り』
の5作品
監督賞にノミネートされたのは
『ザ・プレイヤー』
でした。
あとはノミネート数が多い順に並べていくと
『アラジン』(5部門)
『ドラキュラ』(4部門)
『チャーリー』(3部門)
『魅せられて四月』(3部門)
『リバー・ランズ・スルー・イット』(3部門)
ですが、これだと11作品になってしまいます。
なのでノミネート内容を鑑みて脚色賞にノミネートされている
『魅せられて四月』
『リバー・ランズ・スルー・イット』
を加え10作品とします。
つまり
『許されざる者』
『ハワーズ・エンド』
『クライング・ゲーム』
『ア・フュー・グッドメン』
『セント・オブ・ウーマン/夢の香り』
『ザ・プレイヤー』
『アラジン』
『ドラキュラ』
『魅せられて四月』
『リバー・ランズ・スルー・イット』
の10作品とします。
個人的ランキング
第10位 クライング・ゲーム
うーん、これはなかなか厳しい作品でした。脚本が高く評価されたようですが、個人的にはあまり入り込めなかったです。当時としては展開が新しかったのでしょうか。
かなり低予算で撮られているだろうと思うのですが、それを感じさせてしまうのはいかがなものか。
話としてもあまり捻りがなく、官能サスペンスの域を出ない凡作、と言うしかないです。サスペンスとして緊張感があまり感じられません。とてもアカデミー作品賞にノミネートされるほどとは思えず、B級サスペンスのようなルックや展開に困惑しました。
中盤のある事実に驚けるかどうかだと思いますが、確かにびっくりはしますがその後もなんとなく受け入れてしまうのがなんとも。
話としてもクオリティとしてもとてもアカデミー賞レベルにあるとは思えず。評価がこんなにも高い理由が僕にはよく分からなかったです。
第9位 魅せられて四月
上流階級の女性たち4人がそれぞれの想いを抱えながらイタリアの古城で休暇を過ごすという話です。自分の幸せとは何かをじっくりと見つめていきます。
まずは主演のミランダ・リチャードソンを差し置いてオスカーにノミネートされたジョーン・プロウライトの名演を称えたいですね。昔有名人に会ったという自慢ばかりを繰り返す老婦人を演じた彼女、トニー賞受賞経験のあるベテランで、なんとローレンス・オリヴィエの妻!後で調べて分かったのですがなるほど。
役としても美味しいところがあるし、威厳を保った老婦人役がとても似合います。
内面のナレーションはもう少し控えめにして欲しかったというのはありますが、静かに女性たちの心を捉えた良作だと思います。
都会で暮らす中産階級の妻として暮らす二人、貴族階級で常に注目の的である女性、嫌みな老婦人の4人がそれぞれ関わり合いながら自分の生き方と愛を問う。非常に繊細で丁寧な映画です。
自分は本当に夫を愛しているのか、過去ではなく現在に向き合うべきか、自分を本当に愛してくれる人は誰か。そんな問いが彼女たちの心をかき乱していきます。
イタリアの古城というロケーションも美しく、1920年代の衣装も素晴らしいです。
じっくり自分と向き合いたいときに観るべき映画です。万人に受けるタイプではないですが、非常に繊細で丁寧につくられた良作です。
第8位 アラジン
冒頭の「心の清い者しか入れない」と砂の虎が告げるシーンの素晴らしさ、歌曲の心が躍るよさは流石ディズニーとは思いましたし一定のクオリティはありました。
一方で王女の扱いこれでいいの?とは思ったので実写版のアレンジは必然だったんだなと改めて思いました。
ディズニーアニメにそこまでハマれない僕としては可もなく不可もなしという作品でした。実写版と併せてみるのが正解な気がします。
第7位 セント・オブ・ウーマン 夢の香り
アル・パチーノが7度目のノミネートにして初受賞を果たした作品です。
アル・パチーノの演技はもとより、終盤に向かってサスペンスを盛り上げ、一気にカタルシスが解放されます。これぞ映画だと納得する一作です。
退役軍人としてのプライドの高さもありながら、実は盲人としての自分に限界を感じている、そんな男を見事に演じています。巻き込まれて彼をサポートすることになる名門校の青年、しかし彼も周りが金持ちの中で田舎出身の自分に劣等感を持っているのです。
正反対なようで実は似ている二人の珍道中。しかし中佐のある目的を知るとサスペンスになっていきます。チャーリーが学校で巻き込まれた騒動も含め絆を深めた二人は誇り高く生きることを改めて発見します。非常に気持ちのいいヒューマンドラマです。
女性の香水や使っているシャンプーの銘柄まで当ててしまう中佐、そのコメディアンとしての演技もいい塩梅です。滑稽さと哀しさ、そしていざというときに出る優しさと情熱を盲人としての中佐の中に見事に表現していました。アル・パチーノはやはり素晴らしい役者ですね。
気の弱いチャーリーの友人を演じたのが『カポーティ』フィリップ・シーモア・ホフマンだとは。確かに面影はあるかもしれません。
最初は「なんだこいつ」と中佐に不快感を覚えるのですが、自然に二人の仲が深まるにつれて愛おしくなってきます。人間の誇りを描いた作品としてとても良かったです。良作!
第6位 リバー・ランズ・スルー・イット
美しい撮影とブラッド・ピットの好演が光る秀作です。ロバート・レッドフォードの流麗な演出も見応え十分でした。対照的な兄弟の運命を美しく描いています。
レッドフォード監督作は『普通の人々』しか観ていなかったのですが、それでも彼の作家性を感じるには十分でした。淀みのないストーリーテリングが素晴らしいです。
真面目な兄ノーマン、遊び人の弟ポール、それぞれの生き方を叙情的に描き出しています。兄弟にアメリカを反映させた大河ドラマと言ってもいいかもしれません。
一見唐突に思える結末もこれはこれでいいでしょう。二つのアメリカを象徴させているとも言えるのではないでしょうか。
フライ・フィッシングという釣りの方法は初めて知ったが、この映画において重要な役割を持っています。かつその撮り方が非常に美しいです。
『普通の人々』の暗黒ホームドラマもよかったですが、本作の叙事詩的なヒューマンドラマもよかったです。最後まで飽きなかったですし、何よりブラッド・ピットの美貌に魅せられる一本でした。
第5位 ザ・プレイヤー
アルトマンはイマイチしっくりこない監督なんですよね。「しっくりこない」という言葉が一番合う監督かもしれません。やりたいことは分かるし「よくできてるなー」とは思うけどそれ以上の感想があまり抱けないです。
本作もそんなアルトマンのイメージを払拭してくれるものではなかったです。いや、すごくよく出来ているし適度に散りばめられた謎も興味深い。のだが…
ティム・ロビンス、ウーピー・ゴールドバーグ、シェール、ジュリア・ロバーツ、スーザン・サランドン…これ以上ないほどの豪華キャスト。映画業界をモチーフにしているだけあり他にも本人役で出てくる俳優たちの何と豪華なこと。
物語自体はサスペンス仕立てで、謎のメッセージを送られているプロデューサーが主人公です。このプロデューサーがまたタチの悪い奴で、自分を保身して世間を舐め腐っている感じ。決して他人事ではないし、今の時代も全然こういう人いますよね。
散りばめられた謎の数々には惹かれるしアルトマン式群像劇としてよく出来ています。アルトマンと同じくらい群像劇を上手くコントロールできているなと思ったのは『マグノリア』のポール・トーマス・アンダーソンくらいです。
オチの後味の悪さもいいしクオリティは高いのになぜアルトマンにはハマれないのでしょうか。それが分かりません。主人公が徹頭徹尾悪い奴だからというのも考えたが、それで好きな作品は山ほどあるしな。なんででしょう。
本作もそこまで好きな作品にはならなかったですが、アルトマンの演出手腕を見せつけられる作品であることは確かです。
個人的にはそこまで好きではありませんでしたが、ダークな群像劇としてここまでやられたら評価せざるを得ませんよね。
第4位 ドラキュラ
石岡瑛子の衣装が本当に素敵です。全体的になんかバカっぽい感じはありますが、一昔前のモンスター映画のアップデート版という感じで楽しめました。
キアヌはやっぱり損な役回り。ひたすらゲイリー・オールドマンとウィノナ・ライダーの美しさを堪能しました。
屋敷の美術やドラキュラの手下たちの奇怪な風貌などなど見ていてワクワクしました。特に三人の女たちが登場するあの場面は妖しい魅力に満ちていて最高でした!
映画としては穴があるのですが、美術や役者の美しさがとんでもなく、個人的にはかなり好きな作品でした。
第3位 ア・フュー・グッドメン
キューバのグアンタナモ米軍基地で起きた殺人事件をめぐる軍事法廷サスペンスです。若い弁護士をトム・クルーズ、彼と衝突しながらも共に弁護をつとめる特別弁護人をデミ・ムーア、基地を仕切る大佐をジャック・ニコルソンが演じたほか、ケヴィン・ベーコン、キーファー・サザーランドらが出演しています。
面白かったです。「コードR」なる特別命令をめぐって陰謀と策略が渦巻く人間模様をスリリングに描写していました。相変わらず全部持って行くジャック・ニコルソンは流石です。
元々の舞台劇がよく出来ているんだろうと思います。アーロン・ソーキンですもんね。意外性のある展開が面白く、トム・クルーズ演じるキャフィの成長、そして軍人とはどうあるべきかまで描いているのがいいですね。
最初は乗り気じゃなく遊んでばっかりのキャフィなんですが、デミ・ムーア演じるギャロウェイに促され成長していきます。トム・クルーズってこういう役多いな…
なんといっても黒幕的ドンであるジェセップ大佐を演じたジャック・ニコルソンは凄いです。出番はそこまでないのに存在感がずば抜けています。どんな場面でもジェセップの影が重くのしかかって見えるのです。
デミ・ムーア、ケヴィン・ポラック、ケヴィン・ベーコンらもよかったです。デミ・ムーア演じるギャロウェイと恋仲にならないのもいいですね。ケヴィン・ポラックは地味だけど演技的にはトムより数段上だと感じました。短髪のケヴィン・ベーコンもカッコよかったです。
結末も素直に感動しました。イエス・キリストと同時に処刑された二人の話に重ねてたりするのでしょうか。「弱者を守るべきだった」と誇り高いセリフを残したのが印象的です。
過不足のない演出で舞台を上手く脚色していて面白かったです。法廷ものならではのドキドキ感がしっかりあり、多少大仰ではあるが豪華キャスト陣の演技合戦も見ものです。誰にでもオススメできる名作!
第2位 ハワーズ・エンド
すっごい変な映画でした。理由は分からないんですが…コメントし辛いですね。
階層の異なる三つの家族の交わりを描くのですが、それぞれの行為に至る根拠が示されず、心からの笑顔や涙がほとんどありません。
もっと言うと、階層が上になるほど感情は無くなり、人間的にみえなくなっていきます。
なぜか巡りめぐってハワーズエンドの屋敷が彼女にいくというのは面白いです。起こってることは分かるのになぜか理解がついていかないという体験は初めてかもしれません。
さすがジェームズ・アイヴォリー、格調高いステキな映画であると同時に一発ではとても理解できない深みのある作品に仕上がっていました。何度か見返したくなる奇妙な映画でなかなか好きでした。
第1位 許されざる者
西部劇としては『シマロン』『ダンス・ウィズ・ウルブス』とこの作品の3作品しか作品賞を獲ったことがないというアカデミー賞。
今まで自身が演じてきたような西部劇のいわゆる型を否定するかのような演出です。雨に濡れれば銃は暴発するし、人を殺して平気なはずはないのです。西部劇のリアルを追及しながらも見事な脚本によってあくまで淡々と進めていく手腕は流石イーストウッドです。
誰も悪くないし誰もが悪い。誰もが「許されざる者」である。正義と信じれば人間はどんな酷いこともできるという恐ろしさも描く傑作です。
イーストウッド作品には苦手意識が今もあるのですが、これは文句なしの傑作と言っていいでしょう。面白かったです。