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すぐそこにある《評価》 (SS;2500文字)

「みなさん、こんにちは。児童会会長選挙演説会も3回目、かなり疲れてきた5年4組のユウタです。対立候補の岸田さんが、前々回は体調不良、前回は戦意喪失になってしまいました。このまま投票日を迎えるのかと思ったのですが……」

はい、みなさん、本来は6年の岸田君がここにいる予定でしたが、今日はおウチの用事で来られないとのことで、代わりに、異例ではありますが、私がユウタ君のディベートに立ち会うことになりました。

「ディベートって、教頭先生、岸田さんがいないのに、どうやってやるんですか? まさか ── 中立であるはずの先生が代わりに?」

いやいや、『立ち会う』って言っただろ。キミは岸田君がここにいると思って話せばいい。そして、もしここに岸田君がいたら話すであろうことを私が話す」

「やっぱり『代わり』なんじゃないですか!」

いや、違う。岸田君の意見は事前に聞いているんだ。だから、私が話すことは岸田君が話している、と思って欲しい……ハイ、今から『ボクはキシダ』です!

「おおおお! なんか、超能力みたい! 岸田さん、ハゲてお腹が突き出た自分の姿を見たら、泣きますよ。……ほらほら、高市さんをはじめとする『岸田さん推し』の女子親衛隊、顔を覆っています!」

ハゲてて悪いか!

「いや、そう言っちゃ、ハラスメントになります。ボクが言いたいのは、そもそも異なる『個体』であり、年齢も見た目もまったく別人の教頭先生を岸田さんと見なすことに無理がある、ということです」

そりゃそうだ。とにかく、校長命令で『ボクはキシダ』わかった?

「校長先生に『何が何でもボクの児童会長当選を阻止しろ』と命じられたのですか?」

う? ……いやその……そうじゃない……ただその……。

「聞いていますよ。前回のディベートの後、岸田さんはもう、立候補を取りやめる、って言ってたのに、先生たちが必死で思いとどまらせて、しかも、それぞれ担任の先生がみーんな、ユウタに投票をしたら通知表がデタラメになってたいへんなことになるよ、岸田さんに票を入れた方がいいよ、ってふれ回ってるそうじゃないですか!」

ふれ回る? ── まさか、そんなことはないだろう。おそらく、子供たちに意見を求められた各先生が、ご自分の考えを話しているだけじゃないかな?

「アメリカの選挙では対立候補からの『ネガティヴ・キャンペーン』がひどいって聞きますが、本来中立であるはずの先生たちが組織的に『多数派工作』するなんて、まるでどこかの強権国家じゃないですか?」

いや、ここは民主主義国家だ。先生たちが自分の意見を言うのも自由だと思うが ── 逆に君は、言論の自由を封じようというのかな?

「やれやれ……リアル岸田さんよりは手強そうですね。じゃ、ボクが会長に当選したら提案する予定の通知表改革、
➀ プロセス評価
➁ 360度評価
➂ 所見欄のポジティヴ表記

これについての教頭先生の、いや、岸田さんのご意見をお聞かせください」

── ➂の所見欄は賛成だがね、これはもう実現しているんじゃないか? 所見を悪く書くような先生はいないだろう。もし書かれていたとしたら、それだけのことをしたってことじゃないかな。

「はあ……既に論理が破綻していますね」

── ➀はまずいな。この市では、通知表の付け方は教育委員会から細かく指示されている。校長先生がお叱りを受けることになれば、委員会のお偉方に盆暮れの付け届けしてやっと校長に昇格したのがパア……あ、校長? ── 余計なことは言わんでいい? ── は、失礼しました。
それにね、通知表に期待通りの成績が載っていないと怒るモンスターペアレントが多いんだ。彼らにキミの理屈は通らないんだよ。その矢面に立つのはキミ、私ら教員なんだ。

「岸田さん、そんなこと言わないと思うけどな ── 『私ら教員』?」

いや、彼は既に大人だ。子供目線だけでなく、俯瞰的にものごとを眺めているんだ。
それから、➁の360度評価 ── 先生たちは忙しいんだ。キミの遊びに付き合ってる暇はない。特に子供の方が担任の先生を評価するなんてとんでもない! そんなことしたら、教育熱心な先生ほど悪口書かれて、担任は人気取りの方向に進んで ── 教室はお笑い演芸場になってしまう!

「そんなことないよ。もっとボクらを信頼してもいいんじゃないですか? 先生はクラスからの《評価》を見て、修正すべき点があったらそうすればいいだけのことじゃないかな? ── だって、最初から完璧な先生なんていないはずでしょ? 自己改革の一助になるんじゃないでしょうか?」

いや、混乱するだけだ!

「── 水掛け論ですね。水掛け論になったら、ディベートはやめて、提案を試行してみるのがいいかもしれませんね」

は? 試行? ── どうやって?

「こういうこともあろうかと思って、全クラスの学級委員には、あらかじめ人数分の紙を渡してあります。
みなさあん! これからクラスに帰ったら学級委員が配る用紙に、ボク、ユウタと、岸田さんに化けた教頭先生について、それぞれ《評価》してください。
ただし、ルールがあります。
まず、今回のディベートについて、発言で良かった点を具体的に書いてください。問題があったところも具体的に書いて、かつ、どうすれば良くなるか、つまり『カイゼン』への提案も書いてください」

なっ……いっ……一体、何を始めよう ── ちゅうんだ?

「その用紙は誰にも相談せず、書いたら誰にも見せず、すぐ学級委員に渡してください。自分の名前を書く必要はありません。担任の先生に見せたり、意見を求めてはいけません。皆さん、ひとりひとりの考えを書いてください!」

それがお前の……いや、キミの、作戦なのか?

「いや、作戦なんてものじゃないです。みなさんから集まった《評価》には、➀➁➂、3つの通知表改革の全ての要素が含まれているはずなんです。教頭先生 ── じゃなかった、岸田さん、ボク、それに副会長や書記のポストに立候補している全員で読んでみて、改革後の通知表をイメージしてみましょうよ! それを見ながら、もう1度議論してみましょう! どうですか、ワクワクしてきませんか?」

むしろ……クラクラしてきたよ……医務室行って来る……。


この次は……

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