59分の周回旅
山手線の1周は59分らしい。
そして、いま私は山手線を1周している。
山手線の窓から見える景色が好きだ。
移りゆく街並みや、街ごとに異なる空気感、乗り合わせた人の行き先について思いを馳せる時間。
何をとっても、「自由」だなと思う。
何をしても、許容されるような無関心さ。
大抵、路線によって人間の雰囲気は分かれるのだけれど、山手線は入り混じっている。
老いも若いも、豊かも貧しさも、性別すらカテゴライズできない。
まるで東京という街の混沌さを詰め込んだおもちゃ箱のような、乗り物。
希望も、絶望すらも。
昔、バイト先の上司からこんなことを聞いた。
若かりし頃に芸能系の夢を追うために東京に上京して、朝までバイト、昼間の山手線を1周する間だけ眠って、その後劇団に通って…みたいな生活をしていたらしい。
当時のわたしは山手線という乗り物に思いを馳せていたけど、今ならその理由が何となくわかる気がする。
ずっと乗っていたい、特にこんなふうに居場所のない日は。
このくるくると回って終着点のない感じ、どこにも行けないのにどこへだって行けるような孤独さと自由さと人間くささに満ちた路線。
山手線にはそんな、不思議な魅力がある。
高層ビルの灯りや、居酒屋街の陽気さ、ラブホテルが並ぶ街々の妖しいネオン。
車内の電子広告を作った人たちは、今どこで何をしているのだろう。
目の前に座っている若者はこれから先、どこに行くのだろう、馴染みの友人に会うのだろうか。
今乗り合わせた人と、この先の人生でもう一度出会う確率はどれくらいなのだろう。
この中でわたしの運命の出会いはあるのだろうか。
山手線の1周は59分らしい。
残りの1分は、この街のどこにあるのだろう。
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