DXジャーニーの進捗はどう判断するのか? 成果より前向きさが重要という主張
DXの本質とは何か。なかなか奥深い問いです。
デジタルとは環境である
DXが始まった10年くらい前、もっとも気になったのは、そもそも“デジタル”とは何だろうかということでした。ITなら意味は分かります。しかし、デジタル? アナログの対義語? なぜ今更? という疑問です。
実務を遂行しながらその問いを考え続け、2年くらいの紆余曲折を経て形になりました。
DXの文脈では、デジタルの対義語はアナログではなく情報システムだと筆者は考えています。このことは、『会社という迷宮』の石井光太郎氏とお話しする機会を得て明確に言語化されました。端的に言えば、情報システムは企業の道具である一方、デジタルとはITが社会にもたらす環境変化のことである、というのが結論です。
未来が不透明な環境では、変革の進捗はうまく評価できない
次に気になったのは、日々DXに勤しむことが、企業変革に繋がっているのだろうかということでした。
理想論として、先に目指す姿を描き、バックキャストで方策を決められれば、進捗は評価できます。しかしVUCAの時代に具体的な未来像を描くのは難しいため、どうしてもありたい姿は抽象度が高くなります。そうなると、目の前のデジタル改善活動 (digitalization) と将来の姿の粒度が違いすぎる結果、DXの進展を未来像との距離で判断するのは難しくなってしまうのです。ポイントソリューションの導入と小幅な業務改革を積み重ねていくことが、本当にデジタル時代の企業存続・発展に寄与しているのかという疑問は拭えません。
この不安に対して筆者は、ITに対する慣れと自信を獲得することが重要だと以前に述べました。しかし、これだけでは十分に腑に落ちないと思います。DX先進企業とうまくいっていない企業の差を、本当に説明できているのでしょうか。いま先進とされている企業は本当に重要な何かを獲得したのでしょうか。
「危機より機会に注目する」
ここで2つの観点を付け加えました。
ひとつは、なぜUSの企業は貪欲にITを取り入れるのか、それに対して日本企業の多くは様子を見ているのかです。これは、一橋大学の伊藤邦雄先生との会話のなかで、改めて重視すべきと認識した点です。
もうひとつは、最近のコッターの論調です。筆者はもともとコッターから大きな影響を受けているのですが、DXの進捗を測るという興味とは繋がっていませんでした。
この2つの観点は、実は行き着くところは同じです。危機と機会、すなわち環境の変化を忌むべき対処と見做すか、面白そうなことをする機会と捉えるかの違いが大きいと考えています。
USに代表される、先進的なデジタルを存分に取り入れる企業には、新しいITやITによる社会の変化は、取り組めることがどんどん増え可能性が広がる面白いものに見えています。一方で出足の鈍い、デジタルをうまく取り入れられていない企業には、速い変化も難しいITも、競争力を維持するために取り組まざるを得ない重荷に映ります。そのマインドセットが、新規事業への熱意や、企業変革の難易度に影響してくるのです。
新規事業を、気の進まない片付け仕事として始めて、うまくいくケースは想像しがたいでしょう。イノベーションは遊びから始まると言われるように、好奇心と情熱が働かない対象では、挫折を繰り返す不確実な活動は、成功どころかまともに始まりすらしないと想像されます。
企業変革も同様です。コッターが主張するように、実は危機感だけで組織は変われません。防衛本能が強まってしまい、短期的な対処はできるものの、すぐにエネルギーを使い果たしてしまいます。持続的に変革を行おうとするなら、危機ではなく機会に着目しないといけません。そのためには、ITは様々な可能性を秘めたチャンスに見えている必要があります。
デジタルで大きく変化している他業界が他人事に見えている経営陣。顧客のデジタルシフトに気付かないマネジャー。新たなAIを業務に応用する方法が思い付かない担当者。こういった状態ではDXへの準備が整っていないのが分かります。
しかし、デジタル化プロジェクトにいくつも取り組み、小さな成功を体験し、新たなプロセスが定着しているとしても、上層部の発案を嫌々ながら受け容れていたり、隣のプロジェクトに巻き込まれないように矮小化したりしているとすれば、道具としてのITに取り組んでいるにすぎず、デジタル化する社会にチャンスを見出している訳ではありません。その一方で、自分たちが新たに取り組めそうなことを多くのメンバーが議論し、稚拙ながらも挑戦を楽しんでいる他社があります。このときどちらが、局所最適化のdigitalizationに終わらず、企業として情報革命を生き残る確率が高いのかといえば、後者ではないでしょうか。そういう話です。
従来は、ITリテラシーとかプロジェクトの成功事例とかをもってDXの進捗と見做していました。それは良いと思いますが、よく考えると本質的に何を意味するのでしょうか。社員のITパスポート取得率が上がり、業務でSaaSをたくさん使っていれば、将来のデジタルな世界でビジネスはうまくいくのでしょうか。
DXの進捗は、デジタルを機会と見做す態度で測る
以上の前提と問題意識を整理し直すと、以下の結論が導かれます。
DXとは、ITが社会に浸透するに伴い、企業が情報社会に適応するための長い長い旅程である
VUCAの時代に、目指す未来像を正確に定めることはできない。目的地がはっきりしない以上、企業変革の進捗を測ることもできない。したがって、代わりに企業変革のイネーブラを進捗の指標にする案が浮上する
長い期間を要する企業変革に必要なのは、危機ではなく機会を見て取ることである。DXに関していうなら、ITの進展を脅威ではなく機会と見做すことが重要である
つまり、先の見えない旅路の途中であるDXの進捗は、イネーブラである「ITの社会への進展や先進的なITの発展を、どれだけビジネスの機会と見るかという姿勢の程度 (digital attitude/openness)」で評価されるべきである
大胆な提案をしていることがお分かりになるでしょう。DXの進捗は、デジタルビジネスの成功やデータの活用度合いではなく、デジタル化する社会への姿勢で評価すべきである、と筆者は主張していることになります。
これには理由があります。社会が変化し続け、技術も進歩し続ける以上、特定の能力はすぐ凡庸になります。また一度獲得した競争優位も、競合や新規参入などによっていずれ消失してしまうため、単回の成功は長期的には大きな意味を持ちません。こういった前提を置いたとき、変化し続ける能力の方が、ある瞬間の能力や成功より重要だからです。これは論理的に必然ですし、もはやコンセンサスにもなっていると思います。
こうした変化する能力のうち、DXの文脈において最も大きな要素は、コッターの理論と筆者の経験を合わせると、デジタルを機会と見做すマインドセットだと感じています。本稿ではdigital attitude/opennessと呼称することとしました。
想定QA
この概念を援用することで、いくつかの代表的な質問にシンプルに答えることができます。
Q. 当社はDXに数年間取り組んできたが、本当に進捗しているのか
A. digital attitude/opennessが高まっているならイエスと言えます。高まっていないなら局所的な効率化であるdigitalizationの域を出ていないので、デジタル社会への適応力には不安があります。
Q. DXの成功は遠い将来の結果論なのか
A. 結論から言うとイエスでしょう。目的地もKPIも、実効性のある設定は難しいです。だからこそ結果論ではない判断の軸が必要であり、digital attitude/opennessが有用と考えています。
Q. デジタル技術は所詮は道具ではないのか
A. デジタルは、サステナビリティ、少子高齢化、為替変動などと同列で語られるべきビジネス環境です。それに対して情報システムは、生産設備や知的財産などと同じ道具といえます。
この視点から見たときに、ITが道具以上に見えておらず、社会の変化を感じ取っていないのであれば、digital attitude/opennessが低いということです。この質問自体が、DXが進展していないことの証左ともいえます。
Q. 新しい技術に毎回飛び付くのは意味があるのか
A. digital attitude/opennessが高いという意味でDX的です。結果的には意味がなかったかもしれませんが、変化を機会と見做すイノベーティブな風土が長期的な企業の存続・発展には重要と考えます。ただし経営的な観点では、初期から多額の投資をするのではなく、イノベーションの基本に従って、確率が低いうちは薄く広く張った方がいいでしょう。
Q. 無知なままデジタルに前向きだと、コンサルに踊らされるだけでは
A. そのとおりです。ですのでリテラシーを向上させたり、社内に専門家を雇ったりするのは有用です。ただし、十分に準備をしてからDXに取り組むというのはお勧めできません。なぜなら、デジタルの進歩は速いので準備はとうとう完成しませんし、実際の体験から学べることも多いからです。重要なのは、準備という名の躊躇に陥らず、PDCAを小さく高速に回し始めることでしょう。
Q. USの企業はDXが進んでいるというが、個々のプロセスのデジタル化は日本の方が進んでいるように見える。これはどういうことか
A. 個々のプロセスのデジタル化による効率化・自動化は、あくまでdigitalizationです。これを積み上げたとしても、社会の変化に鈍感なまま個別最適をしているのであれば、digital attitude/opennessは高まっていません。USの企業が、仮にデジタル技術の使いこなしで劣っているとしても、社会や顧客の変化を感じ取り、そこをビジネスチャンスと見て施策を実行しているなら、digital attitude/opennessが高い、すなわちDXが進捗していると捉えるのがいいのではないでしょうか。
Q. この10年、社会は変わると言われ続けてきたが、案外と変わっていない。DXはまやかしだったのでは?
A. DXは社会にITが浸透していく変化に対応することです。社会は、全てが一律に変化する訳ではありませんので、10年経ってもほとんど変わらない側面も存在します。重要なのは、扇動者の言葉に右往左往することではなく、先の読めない時代の変化に対応できる力を身に着けることです。別の言い方をすれば、digital attitude/opennessが高い人は、社会の変化している側面に注目し、チャンスがないか絶えずアンテナを立てているのです。
あと気になるのは、質問者に正解を求めている姿勢が感じられることです。VUCAの時代に確かなものはありませんので、まやかしなどと批判するより未来を作りにいく方が建設的だと思います (とはいえ誇大広告が横行しているのは確かなので、自分の判断に自信を持つために不断の学習は必要です)。
Q. DXには取り組んでみたが、思ったより得られる利益が小さくROIも冴えない。当社の業態はDXには向いていないのではないか
A. この問いを発している経営陣のdigital attitude/opennessが低いことがよく分かる質問です。ですが、経営陣がデジタルに懐疑的なら、トレンドに流されず、将来のITが自社にもたらす影響を低く見積もるのも一案です。歴史を振り返るなら、機械化を拒みながら産業革命を生き延びた手作業の企業もあるのですから。
Q. 当社はデータ利用が浸透してきたが、DX先進企業と言えるのか
A. 現時点ではイエスでしょう。ただし将来的に、データの使い方が固定化されてしまい、次第にプロセスが硬直化してしまうなら、digital attitude/opennessが下がったことを意味します。つまりDXが後退するという可能性もあるということです。
Q. DXとはデジタル技術を用いて新規事業を行うことではないのか。当社は新規事業はうまくいっている
A. 新規事業の成功が、既存事業の雰囲気を変えデジタルへの期待感を高めているならDXは進展しているでしょう。新規事業と既存事業でデジタルへの感覚が大きく異なったままなら、既存事業側のDXは進展していませんし、その結果としてシナジーが小さいと判断されれば株主から会社の分割を求められることもあると思います。
Q. DXというのはビジネス変革ではないのか。モノ売りからデジタルサービス中心になればDXは成功しているのではないのか
A.「DX」という言葉には複数の意味があり、混同しやすいことにご注意ください。ここでは、個別のビジネスをデジタル武装することをデジタルビジネスデザインと称し、産業革命に匹敵する社会変化である情報革命の波を乗り切ることをDXと呼びたいと思います。その場合、ある製品のビジネスモデルをデジタルサービス化するのはデジタルビジネスデザインであり、長い旅であるDXの1ステップと位置付けられます。サービス化、コト売りが成功するのは素晴らしいことですが、本稿のdigital attitude/opennessは、長期の旅程の方に焦点を当てた話をしています。
Q. digital attitude/opennessはどう高めればいいのか
A. 各企業の社風によって異なります。短期の業績向上を好むならROIを、パーパスが重要ならそれとの接続を、新しいことを好むなら先進的な技術を重視した施策を企画すれば良いでしょう。自社の力を信じ、デジタル社会への変化を期待するようになる手段を選ぶべきです。
なお、コッターは企業文化が変わるのに4-10年掛かると言っていますので、digital attitude/opennessに関しても焦りは禁物だと思います。
Q. DX活動の優先順をどう付ければいいのか
A. 効率化・自動化 (digitalization) や、個々のビジネスのデジタル化 (digital business design) のうち、投資額の大きいものは、個々のプロセスやビジネスに資すると同時に、digital attitude/opennessを高めるという両立を求めて優先度を判断すべきです。ビジネスインパクトがなければ息切れしてしまいますし、digital attitude/opennessが高まらなければ長期的な生存能力が向上しません。一方で投資額の小さいものは、digital attitude/opennessだけを評価しても良いでしょう。例えば人材育成に関しては、たとえリテラシーが上がっても、強制などの結果デジタルへの忌避感が増すようであれば、DXは後退していると見るべきです。
Q. digital attitude/opennessはどうやって計測できるのか
A. コンサルティングファームなど各社がデジタル成熟度のようなものをサービス化していますので、それを利用するのが良いと思います。本稿は、そういったアセスメントの用途と解釈を提示しており、新たな計測方法を提案している訳ではありません。
Q. 誰のdigital attitude/opennessを高めるのが最も重要か
A. 1つだけ挙げるなら、経営陣でしょう。なぜなら社会の環境変化に応じて戦略を決めるのは経営陣だからです。もちろん、ミドルマネジャーや現場担当者の感覚が付いてこなければ、経営陣の方針は空疎な掛け声に終わってしまいますので、digital attitude/opennessが全社的に重要なのは言うまでもありません。
3年くらい前に、40代の4割がDXに関わりたくないという記事がありました。digital attitude/opennessを高めるのが難しく、うまくいくと会社の風土が大きく変わるのはこの層かもしれません。
補足1. 将来的な指標の変化
DXの本質に関する10年に亘る思索は、小林喜光氏 (現:東京電力) に「リアルとバーチャルはどちらが勝つのか」と問われたところから始まったような記憶があります。その後の長い考察を経て、一連の疑問はある程度解消したような気がしていますが、これも今だけかもしれません。というのも、DXに重要な要素がdigital attitude/opennessであるという話は、デジタルに対してオープンで前向きであれば、つまりデジタルに機会を見出す風土があれば、その後の変革や定着は通常の施策で何とかなるという前提を置いているからです。
例えば10年後には、より重要な論点が浮上する可能性はあるでしょう。しかし少なくとも、情報革命が今後数十年に亘る継続的な外部環境の変化である限り、digital attitude/opennessが重要なことに変わりはないと考えています。
補足2. ダイナミックケイパビリティとの関係
digital attitude/opennessは変化する力の一部なので、ティースのダイナミックケイパビリティとの関係が気になる方は多いのではないでしょうか。
ダイナミックケイパビリティに関して筆者の理解は不十分なのですが、変化を検知し (Sense)、自らの能力を組み換え (Seize)、その変化を定着させる (Transform) という3ステップが基本という認識です。例えば化学産業は、過去に石炭化学から石油化学へと大きな変革を体験しました。そのダイナミックケイパビリティは現在も受け継がれており、サステナビリティという社会の変化を鋭敏に感じ (Sense)、化学の力を活かして新しい製造プロセスへと組み換え (Seize) ています。Transformはこれからですが、変革のポテンシャルは十分にあると思っています。
しかし、その化学企業の中でも、ITに関してSenceやSeizeの力はまちまちです。早々に新しいデジタルの世界にチャンスを見出している企業もあれば、周囲が盛り上がってから着手し、その後も従来のオペレーションの効率化のみを行っている企業もあるということです。
ですから、一口にダイナミックケイパビリティと言っても、この企業は持っている/持っていないというより、分野ごとの得手不得手があるというのが実情だと思います。そのうちデジタル分野のSenseやSeize、特にSenseに比重を置いた能力をdigital attitude/opennessと呼ぶというのが本稿の立ち位置です。なぜSenseが最も重要かといえば、繰り返しになりますが、デジタルとは継続的な社会の変化という外部環境であるため、社外への感度と前向きな姿勢なしに、企業の存続と発展は期待できないからです。
補足3. 代表的なDXの定義との関係
DXという言葉を最初に定義した、ストルターマンの言葉は以下です。
社会の全面的な情報化、情報革命を指しているのは明らかです。この「良い方向に変化させる」ことに前向きに取り組む姿勢がdigital attitude/opennessだとすると、きれいに整合します。
経産省のDXの定義は以下になります。
ビジネス環境の変化に対応するという認識の部分は筆者の定義と一致しています。その一方で、環境変化が激しくないとDXではないのか? いちど獲得した競争優位性を失ったらDXは失敗なのか? など、疑問の残る部分があります。
その理由は、時間軸に言及がないからでしょう。筆者は環境変化とは、技術が席巻する数年単位の速いものから、人々の価値観の変化を伴う数十年単位のゆっくりしたものまで含むと思っています。その意味では、経産省の定義は、筆者のいう単回の変革 (デジタルビジネスデザイン) と、情報革命を生き延びる長期間の旅路の両方を包含しているように読めます。
持続的な変化を乗り越えようと思ったら、効率化や単回の変革で成功を積み重ねつつ、変革の能力と意欲を高めることこそが重要だと考えています。
補足4. 呼称
"digital attitude/openness" というのは覚えにくいし、横文字どころかカタカナですらないし、どうにかならないの? とお感じでしょうか。筆者もそう思います。「ITの社会への進展や先進的なITの発展を、どれだけビジネスの機会と見るかという姿勢の程度」を表せればいいのですが、うまい表現を考案できていません。コッターからキーワードを拾うなら「機会」「繁栄」「情熱」「好奇心」「イノベーション」あたりになりそうですが、どれもしっくりこない感じがしています。もう少し考えさせてください。
関連ポスト
以下に、本稿と関係する過去の記事を紹介しておきます。
情報システムは企業の道具であり、デジタルとは社会の環境変化である↓
DXと情報システムの違い↓
効率化・自動化の先に、必ずしもDXがある訳ではない↓
経営者と好奇心↓
DX不要論↓
企業変革の方法論をさらっと紹介↓
未来予測の実際的な使い方↓