つまらなこわいよ『関心領域 The Zone of Interest』
映画や小説で「日常を淡々と描く」はわりあい格調高いこととされていて、良質と評価される作品も多いように感じます。
もう、日常を淡々と描かれた日にゃ、「何も起こらない日常の中に潜む人間の本質」だとか「静かな感動が押しよせる」とか言わないと、感性の鈍い人って思われそう。役所広司あたりが主演していたら「抑えた演技が素晴らしい」とか言わないと解ってない人って思われそう。
でも、正直言って、私、『日常淡々系』は退屈することが多いです。
大きなスクリーンで観るならば、ドラマチックとか、ロマンチックとか、ダイナミックだとかが欲しい。
たとえば小津作品(日本の日常淡々系の最高峰?)なんかは、まだ、古き佳き日本人の心模様や女優の所作の美しさなんかで観ていられるんですけど、ヨーロッパあたりの日常淡々系はキツい。あ、あと、日本映画でも現代の無気力な若者のやりきれない日常とかもキツい。
鑑賞後にはとりあえず脂っこいものが食べたくなります。ホルモンとか。
『関心領域 The Zone of Interest』も、第二次世界対戦中のドイツのある一家の日常を淡々と描いた作品です。ただし、コンクリートの壁一枚隔てた向こう側はアウシュビッツ収容所。収容所の所長のお家のお話です。
収容所内のシーンは一切出てきません。
季節の花々が咲き乱れる庭にはすべり台付きのプールもあるお屋敷の、何人もの使用人を雇った豊かな暮らしだけが淡々と描かれます。
壁の向こう側からは銃声や悲鳴、謎の重機音などが絶えず聴こえてきて、煙突からは黒い煙がもくもく吹き出しているのですが、そんなものまるで聴こえていない、見えていないかのような生活です。
壁の向こうに対する「無関心」がテーマの作品なのでしょうけど、私、これは「無関心」というのとは違う気がします。
所長はもちろん、その奥さんも、使用人たちも、少なくとも大人たちは壁の向こう側で何が行われているのかを知っている。
子供たちだって感じているし、聴こえている。
それでも自分の幸せな暮らしを守るために、心の一部分を殺して生きている、殺しているうちに殺していることさえも忘れてしまった、そんな感じ。
だけど、赤ちゃんは泣き止まないし、飼っている犬は落ち着きがないし、使用人に対する奥さんの嫌味は酷いし、遊びに来たおばあちゃんは理由も告げずに逃げるように帰ってしまうし、はたから見れば「ほら、言わんこっちゃない」というような小さなことが次から次へと起こるのですが、それが日常風景として淡々と描かれていきます。
所長のブーツを洗えば水が赤く染まり、子供たちと近くの川で遊んでいたら川底から遺体が見つかって子供たちの全身をゴシゴシ洗うことになり、黒い煙とともに吐き出される灰を肥料にして庭の花を育てるような暮らしなのに、それでも夫が赴任を命じられると、奥さんはここに留まりたい、ようやく掴んだ豊かな暮らしなのに、と強く願います。
そんな異常な生活と、絶えず聴こえてくる壁の向こう側からの音の世界に入り込めれば、体中の毛穴から恐怖がじわじわと染み入ってくるような感覚になれる作品かと思います。
だけど、まあ、『日常淡々系』の範疇ではあるので「おもしろいよー!絶対観て!」とおすすめできる映画ではなかったです。
しかも具体的な説明をしてくれない「観ている人に判断を委ねます系」の映画でもあるので、そういうのが苦手な人も多いでしょう。わかるの。私もさほど頭が良い方ではないので「私なんかに委ねないで、ちゃんと教えて!」と思うタイプなので。
だけど、なんていうか、とりあえずロシアは抜きにして平和の祭典をやってみたり、世界には飢餓に苦しんでいる人がたくさんいることは知りつつも贅沢で美味しいものに大金をはたいてみたり、ルッキズム反対なんて言いながらセルフィーに別人のような修正をかけてみたり、自分の幸せのために心の一部分を殺して、矛盾に気づかないふりをして生きているのは、なにもこの一家に限ったことではないじゃないですか?
そんなことを今一度考えてみるために、目を背けてはいけない映画のような気もします。
つまんないかもしれないけど、観てみたら良いかもよ。
良かったら、ぜひ。