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小説感想『1984』

ジョージ・オーエルによって1949年に書かれた、ディストピア小説です。


1 「今」が怖いと感じてしまう

タイトル通り、舞台は1984年です。主人公が暮らす世界は全体主義に支配されています。

今は2025年で、民主主義の世界だというのに、本を読んでいると「今」が怖くなってくるのは何故でしょう。

部屋のどこにいてもテレスクリーンという機械に見張られている監視体制と、どこにでも監視カメラがあり、誰かが本気を出せばSNSなどから様々な情報を暴かれてしまう現在の状態がリンクするからでしょうか。

わかりません。ただ、『1984』の世界よりも、いい世界が「今」であるはずなのに、どうもそれが肯定できない気持ちになるのです。

僕が働いている会社にも監視カメラがあるな、とか、最近は物価が高くなり、野菜すら満足に買えないな、とか。世界では戦争が絶えずに続いているな、とか、「今」の悪いところをみてしまい、「今」の悪い部分を改善しようとしたら、『1984』の世界こそが理想になる気がして、怖いのだと思います。

理想の世界とは、監視カメラがあることを喜ばしいと思う社会、野菜が不満足に買えないことが日常の世界、戦争が常時起こっていて誰も気にしなくなる世界......。

『1984』のディストピアは、単なる小説内の世界ではなく、現在の社会と密接に繋がりを持つ世界なのかもしれません。

それを感じて、身震いをするわけですね。

2 「今」が無意味だと感じてしまう

この本を読んでいて最も印象的だったのは、やりようによっては、人間は今あるものだけが真実だと思ってしまうということです。

過去に〇〇があったと僕たちが当たり前のように思えるのは、それを証明する資料があるからです。

もし仮に、周りの人が全員〇〇など知らないと言い放ち、テレビも教科書も文献も論文も、〇〇などなかったと主張したら、〇〇があったという絶対的証拠は、自分の記憶にしかありません。

けれども、僕の記憶なんて信じられません。皆が〇〇など知らないと言っているのだから、僕が間違っているだけなんじゃないか、と思い始め、やがては〇〇はなかったと心から思うでしょう。

その場合、真実とは、「〇〇はない」とこうなるわけです。そして、「〇〇ではなく◻︎があったのだ」と周囲の全てが言うのであれば、真実は「◻︎」となります。

僕はこの点に関しては恐怖というよりも、徒労感に近い絶望を感じました。

真実が自分の中にないことに気づかされたからです。

僕がこの人が好きだ、という事実も、自分以外の全員がそれを否定し、そう思っているのが僕だけとなった時、僕が抱く真実は「この人など好きではない」となりかねないのです。

知識だけでなく、自分の中だけの秘めた思いというのも、全て外からの情報で作られているのだとしたら、今抱いている感情がなんと無意味なことでしょう。

思うとは?考えるとは?

自由意志ではないのか?

ならば、僕が生きる意味とは?

とこう深みに落ちていくのです。『1984』ではその先に、ビック・ブラザーへの愛情があるというわけですね。

3 しかしポジティブに!

では僕は、今に恐怖し、考えることに絶望して死んでしまうのでしょうか。

いえ、違います。今作を読み終わった僕は、以前よりやる気に満ちています。

何故なら、1984の世界はまだ訪れていないからです。

全ての歴史的事実を消去し、都合の良い歴史を押し付ける完璧な機関はまだ存在していなからです。

自分はこの考え方は違うと思う、と主張しても、秘密裏に拉致されて暴行されることはまだ少ないからです。

主人公が最後まで信じた、漠然とした人間の意志、宇宙の意志、自然の摂理を、僕はまだ叫ぶことができます。

声を上げることが大切だと思いました。

SNSが非難一色でも、自分は違うと思うなら擁護の意見を書いてもいいのです。そして炎上しても、自分がそう思ったことを、それが正しいと思うなら貫き通すのも悪くはありません。

デモだって起こし続けるべきですし、いろんな事柄に噛み付くテレビの迷惑なコメンテーターも、見方によっては真実の申し子です。

そして僕は、小説を書き続けます。主人公が日記を書いていたように、書くという行為が、抵抗になるのです。

コナンには悪いですが、真実は常に複数存在すると思います。どの立場にいるかで、いかようにも真実が存在するのです。それでいいのではないかと思います。真実と真実をぶつけ合って、選択しながら進んでいけばいいのです。

少なくとも僕はそう思うので、小説を書き続け、『1984』の世界が来ないように抵抗し続けます。そうやって死んでいけたらいいですね。一つの真実だけが存在する世界に閉じ込められて苦しみながら生きるよりは。

まだ間に合うと思います。

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