「和田誠展」の雑感と芸術教育
マルチクリエーター「和田誠」
少し前になりますが、「和田誠展」に行ってきました。
もともと和田誠さんのイラストは好きで行きたいと思っていたのですが、家からも近い、熊本市現代美術館での展示があるということでしっかりと鑑賞してきました。
高校から大学時代にかけてよく読んでいた、遠藤周作の「ぐうたら○○」シリーズの表紙絵を描かれていたこともあって、なじみ深いイラストでもあり
有意義な時間を過ごすことができました。
和田氏は非常に多彩な人で、マルチな才能を持ったクリエーターでした。
妻は平野レミ、息子はTRICERATOPSの和田唱(上野樹里さんと結婚された方です)と、クリエーター一家でも有名です。
誰しもが一度は目にする国民的イラストレーター
谷川俊太郎の絵本や星新一作品の表紙絵といった児童文学から、週刊文春の表紙まで様々なところに和田誠は作品を書いています。
おそらく、日本に住んでいる人で見たことが無い人はいないのではないかというほどの多作家でもあります。
今回、和田誠展を訪れて、芸術教育の意味を考え直す良い機会になりました。
高校における芸術教育の軽視
いわゆる「進学校」では、芸術、家庭などの実技教科は入試に直接関係しない教科でもあり、軽視されがちです。
人によっては「副教科」という呼称を憚らないぐらいです。
では、どうしてこうした軽視がうまれているのでしょうか。
受験偏重の裏返し
それは明らかに過度の受験教育への偏重の裏返しでしょう。
その良い例として「情報」が入試科目に転職しましたが、これがきっかけで一気に情報科の存在感が増しました。
このことからも、入試に関係するかどうかでその教科の軽重を測る文化が高校には存在します。生徒にも、教員側にもです。
ただ、それだけではないと思います。
芸術で食べていけないという偏見
それ以外にも、教員側の知識の無さがあります。
芸術系からどういった進路をとって就職したかについて無知な教員は多いようです。また、それでは收入を得られないという偏見も強いようです。
さらに芸術に対し、西洋画や日本画のイメジしか無いことも原因でしょう。
実際にはデザインやイラストなど多種多様で、仕事の幅は広いのにそれを知る機会がありません。
(これは教員というよりも多くの社会人は同じで、人は自分の職業の隣接した職種のことしか知らないものです。)
芸術へのハードルを下げる展覧会だった
和田氏の展覧会はそういった意味で、芸術へのハードルを下げ昭和後期から平成辺りの時代であってもイラストや挿絵などの仕事がこれほど大量に存在することを見ることができる内容だったと思います。
(もちろん天才かつ努力の人の和田誠だからこそなのですが)
また、一見するとそれほどうまく見えない画風が宗教画や油絵しか想像していない人には親しみやすいのではないかと感じました。
そして何よりも創作の楽しさが伝わる内容でした。
ハンフリー・ボガードの似顔絵を書く和田誠さんの姿を取材するテレビの映像が流れていたのですが、非常に楽しそうに描いている姿が印象的でした。
芸術科以外の教員がこうした展覧会に足を運び、興味を持って学ぶことこそが芸術教育の軽視から脱却する第一歩なのかもしれません。
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