【~連載~静岡の歴史を学ぼう234】Somina-no-Umaboku 蘇弥奈馬牧(そみなのうまぼく)
※ この記事は「静岡移住計画Facebook」に掲載しております。
冒頭の写真はイメージです。
これは静岡の歴史愛好家である父から学んだ内容です。父もまた郷土史家の曽根辰雄先生のまとめを読んで更に研究しました。元大御所四百年記念祭推進室専門員の黒澤脩先生はじめ地元に根付いて静岡の歴史を愛し、研究する皆様のおかげで日々記事を書くことができます。感謝申し上げます。世界史のダイナミックな流れの中に静岡の歴史もあることに気づくことが出来ます。
Somina-no-Umaboku
蘇弥奈馬牧(そみなのうまぼく)
In the Japanese language, ‘Maki’ refers to a ranch.
日本語で「まき」は牧場を指します。
Along the Warashina River and the Abe River, Shizuoka City has land names that include ‘Maki’.
静岡市には藁科川と安倍川沿いに「まき」の付く地名があります。
They are Makigaya (牧ケ谷) and Uchimaki (内牧).
牧ケ谷と内牧です。
Makigaya literally means 'ranch valley,' and Uchimaki means' inner ranch'.
牧ケ谷は文字通り「牧場の谷」を意味し、内牧は「内側の牧場」を意味します。
Is it just a coincidence?
ただの偶然でしょうか?
No. Indeed, the Engishiki, the ancient official code of laws that was mainly completed in 927, indicated that an official ranch was established in this region.
いいえ。実際、主に927年にまとめられた古代の公的な法典集である延喜式にこの地方において公的な牧場が作られたことが書かれています。
It is considered that the place was in the valley area along the Warashina River.
その場所は藁科川沿いの谷間だったようです。
It was called 'Somina-no-Umaboku'.
それは「蘇弥奈馬牧そみなのうまぼく」と呼ばれました。
Horses were introduced to Japan by immigrants from the Korean peninsula in the middle of the Kofun period, from the end of the 3rd century to the 7th century.
3世紀後半から7世紀にかけての古墳時代、その半ばごろ、馬は朝鮮半島から渡来人によって日本にもたらされました。
It is thought that Korean immigrants opened ranches and started raising horses to be tamed during this period.
この時代に朝鮮からの移民が牧場を開き、飼いならすための馬を育て始めたと考えられます。
It appears that the central government in Asuka ordered these ranches across Japan to contribute horses.
飛鳥の中央政府は日本中にあったこれらの牧場に馬を貢ぐよう命じたようです。
It seems that Somina-no-Umaboku was one of them.
蘇弥奈馬牧はそれらの一つであったようです。
Interestingly, many Kofun ruins, burial mounds, were also unearthed in these areas: Makigaya and Uchimaki.
興味深いことにたくさんの古墳もこれらの地域、牧ケ谷と内牧から発掘されました。
参考資料:「南部郷土史大学だより」第55号 2023年6月
「特集 蘇弥奈馬牧と美和郷―安倍川中流域の土地開発①―」村田雄剛
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?