『丹生都比売』 梨木香歩  を読んで

梨木香歩の『丹生都比売(におつひめ)』。表題作を含む短編集です。

どの作品も幻想的な文体、ロマンチックな構想に耽溺したのですが、今回は表題作の感想を。


時は飛鳥の遥か。天武天皇と持統天皇の皇子、草壁皇子の物語。気も体も弱い優しい男の子、草壁は、大友皇子との政権争いを避けるために吉野に逃れた父に従って都を離れていた。吉野は丹生都比売の治める地。父は丹生都比売の加護を受けるため御渡りの儀式に励むが、なかなか丹生都比売は現れない。そんな中、草壁は不思議な空気を持つ地元の子どもと仲良くなり、様々な経験をしていく。


その子は何者なのか?大海人皇子の前に丹生都比売は現れるのか?草壁皇子の将来はどうなっていくのか?

話の筋はこれらの疑問・伏線の回収です。既に歴史を知ってしまっている現代の我々には、話の本筋は読めてしまうかもしれません。ですが、体が弱く、コンプレックスを抱える草壁皇子の感情の揺れが見る者を引きつけます。語りの中でしか姿を現さない大津の皇子への劣等感。都を離れ、家族や共の者以外と話をすることのない淋しさ。偉大な父母への尻込みと敬愛。不安定な情勢に揺れる心。入り交じる感情の中で成長していく草壁の皇子は本当に普通の男の子で、戦を重ね領土を広げていく機運が高く、大君の地位を巡る争いも血生臭い皇族の世界に没入するには相応しくなかった。

草壁皇子の、弱い自分と周りの偉大な人々へのコンプレックスと、静かに生きられる吉野の里への懐古に共感しました。静かに過ごしたいだけなのに、周りの人のようにアグレッシブになれない。生きるエネルギーが足りない。そんな悩みです。それでも弱い自分を抱えて生きなきゃいけない。そんな中で、ふと、同じ心を持つ友となりそうな1冊でした。

この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?