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2019年12月の記事一覧
1912D志乃【燈列】
ずらり、上下二段五つずつ。柱を挟んでまた上下二段五つずつ。
細やかな透かし彫りを施された燈火が、壁に据えられて遠くかなたまで並んでいた。遠ざかるにつれて隙間は見えなくなり、一つ一つ並んでいた明かりが二列の光の線になっていく。消失点の手前で線がかくりと折れたところを見ると、どうやら袋小路のようにふさがる壁があるらしかった。
深更の暗紺空に、星明りも月明かりもない真っ暗な地上で、居並ぶ燈火は幻想
1912B志乃【長話】
曇天に冬枯れの秋草、常緑に咲いた山茶花の下、白地に茶ぶちの猫が目をすがめている。
鼻先にはすっかり白茶けたエノコログサがそよ風でかすかに揺らいでいるが、じゃれつくわけでもなく、石を積んだ垣の上から草越しにじっとこちらを見下ろしていた。
すっと前足をそろえてお行儀よく、ふと思い出したのは全校集会でマイクを前に長々と語る校長だ。
本日は今学期の最終日です。誰もが知っていることから始まって、いつ
1910A志乃【土壌】
この町は古き良き日本の風情を残しつつ発展した観光地で、大通りでは人力車の車夫が客待ちをしている。ラーメン屋の屋根から歌舞伎役者の人形が唐笠片手に通り見下ろしているのは、まさに歌舞いた有様だ。
暮時には、所狭しと軒を連ねた商店がその日最後の売り込みをかける。しっくりと着物を着こなして小路から出てきた婦人は、すぐそこの地下鉄で見かければたいそう人目を引いたかもしれない。だが木の縦格子をまとった白壁
1911C志乃【水鏡】
鬱蒼と茂る木々のみならず、登ってきたここは山の影に入っているようだ。まだ日は高いが、空気がひやりと肌に冷たい。
湿った土のにおいと、水気を含んだ樹皮の香りが静かに漂う。
細い丸太を接いだような柵の外は、うっすらと草の生えた崖だ。地盤も岩ではないのだろう、柔らかな土に覆われて稜線は滑らかだが、のぞきこめばかなり急な傾斜がついている。
青い瓦屋根、向かいの白いコンクリート造、崖の下は民家が並び
1911F志乃【歌姫】
白い壁、白い鍵盤、白を映しているのに青みを帯びた黒鍵。
濡れたように艶めくアップライトピアノは、吸音板に囲われた部屋に囚われて、人の手が歌わせてくれるのを待っている。
椅子を引くときに感じるのは、恋人の向かいに座るときのような、緊張と高揚。触れれば応えてくれることを知っていても、満足に歌わせてやれるだろうかと不安になる。
冷えた革の感触に腰を下ろし、先ほど洗ってきたばかりの脂気のない指先で