1910A志乃【土壌】

 この町は古き良き日本の風情を残しつつ発展した観光地で、大通りでは人力車の車夫が客待ちをしている。ラーメン屋の屋根から歌舞伎役者の人形が唐笠片手に通り見下ろしているのは、まさに歌舞いた有様だ。
 暮時には、所狭しと軒を連ねた商店がその日最後の売り込みをかける。しっくりと着物を着こなして小路から出てきた婦人は、すぐそこの地下鉄で見かければたいそう人目を引いたかもしれない。だが木の縦格子をまとった白壁と、筆字を模した書体の看板を背にすれば、むしろその恰好が正統と思わせた。
 夏ともなれば祭りでなくとも浴衣姿の若い娘が連れ立って歩き、されど洋装の人に違和感があるでもなし。
 和に染まりながらも有象無象雑多な人々のすべてを飲み込むような街並みは、賑やかで賑やかで寛容だ。
 薄橙の提灯が光りはじめ、さほど背の高くないビルがひしめく浅草の町は、夕に侵食されつつあった。

 薄暮に沈みつつある街並みから、まだ明るい空を衝くように白銀の塔一本。少し頑張れば歩いていける距離に、過去から生えた近未来がある。

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