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【SS】こんばんは、マスター。(1333文字)

『【SS】はじめまして、マスター。(1670文字)』の続編になります。

重厚感のあるバーの扉が「ぎぎぎ……」と音を鳴らした。
今日初めてのお客さんね。

「こんばんは、マスター」
「あら、また来てくれたの。……今日はお連れさまも」
「ええ」

最近よく来てくれる女の子が初めて男性を連れてきた。
関係性が気になっちゃうけど、バーテンたるもの変な勘繰りは禁物よね。

「今日は何か飲みたいのある?」
「ジントニックが飲みたいです。ここの、美味しいから」
「今日は特別なレモンがあるの。ライムの代わりにレモンを使ってもいい?」
「嬉しいです」

友人から個人的に仕入れた、宇治島の段々畑で作られたレモン。
市販のものとは段違いの味わいのはず。
私は悪い店主だから、お気に入りのお客さまにだけこれを出す。

「お連れさまは何にいたしましょう?」
「イエーガー・スプモーニはできますか?」
「はい、ございますよ。少々お待ちを」

男性は結構お酒にお詳しいみたい。
何だか積もる話もありそうだし、今日はあんまり話しかけないほうがいいかな。
でも気になるわ、少し緊張してるみたいだし。

カクテルを作るマスターの目の前では、親し気な会話が交わされる。

「さっき頼んだのなに? 進撃の巨人?」
「言うと思った。生薬とかハーブを使った薬草系のリキュールと、トニックウォーターで作るカクテル。養命酒を炭酸で割った感じかな」
「へええ……さすがに詳しいね。でもチョイスがおやじ臭い」
「カクテルに失礼でしょ、謝りなさい」
「そこは自分に謝れじゃないんだ」

女の子がきゃっきゃと笑う。
大人びた子だと思ってたけど、この人の前ではこんな表情もするのね。
勝手に親気分になって心配していたけど、二人とも何だかすごく幸せそう。

「イエーガー・スプモーニ、お待たせしました。とっても胃に優しいカクテルですよね。私も大好きです」
「ありがとうございます。最近胃が荒れてて」
「あらあら、そんな中飲みに来てくれてありがとうございます」
「この子がどうしてもというので」

「……うるさい」と言って、女の子が恥ずかしそうに頬を染める。
この子のこういうとこ、可愛いのよね。

また、入り口付近から「ぎぎぎ……」と音がした。
今晩は繁盛する予感。

「ちょっと失礼しますね」
そう言って、マスターは新規のお客さんのもとへと向かった。

残された二人の間にはしばしの沈黙が漂う。
やがて、ぽつりぽつりと会話が始まった。

「……今日、22歳になったよ」
「知ってる。おめでとう」
「お祝いにここは出してよね」
「もちろん。出させるわけないでしょう」

「お母さんとはどう?」
「たまに会ってるわ。あなたのおかげできちんと謝る機会をもらえたから」
「そっか。余計なことしたかと思ったけど……よかった」

「そういえば、彼氏、できたよ」
「……そう。おめでとう」
「いつか結婚するかもね」
「……受け入れられるかな」
「私の目は確かだから。彼は面倒なことも投げ出さない良い男」
「ぐうの音もでないわね」

「私の花嫁姿みたいでしょ」
「そりゃあね」
「じゃあ長生きしてよね」
「身体はいたわってるから大丈夫よ」
「イエーガーなんちゃらでね。胃を脅かすような病気は駆逐してやる!」
「……酔ってるわね。帰りましょ」

「また一緒に来ようね。お母さんも連れて」
「そうね、あなたを一人で飲ませるのは危険だし。いつもひやひやさせられてたもの」





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