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仮面人間
東京って苦手だった。
福岡が街なら東京は塊。出身やルーツが異なる人がひとつに集まる、その見えない複雑さが怖かった。仮面をつけた人が次々と現れ、それが人であることを忘れそうになる。
だからいつも、着いた途端に帰りたくなる。
空港から乗り継いだ電車を降り、品川駅に着くと同時に激しい騒音に襲われる。大きな波に何度も何度も飲まれるような。
ホテルに向かう道中に人と肩がぶつかる。謝ろうと振り返っても誰とぶつかったかすらもわからない。人が15cmの距離まで入り込んでくる。恋人同士の会話が丸ごと聞こえてくる。
人間が人間でないような気がしてしょうがないのだ。
そんなこんなで東京に降り立ち、数時間が経過した。その日はのんびりとホテルですごした。彼は友人と夜ご飯へ、私はどっと溜まった疲れを溶かすべく、ベットでひたすら眠っていた。
目が覚めて、お腹が空いた深夜。帰ってきた彼が一緒にご飯を食べに行ってくれることのこと。調べてくれていたのはオーガニック食堂!とても響きがいい。Googleマップのレビューは星4。
"店主がとても気さくで良い方です。" と。
安心しきった私たちは夜の渋谷の街へ。やっぱり東京は違うなぁ、普通の定食屋さんが日付を超えた時間まで空いているなんて。
ホテルを出て渋谷駅の方面へ向かう。昼間はカフェだったはずのお店がピンクやブルーのネオン輝く路面店バーに様変わりしていたり、ほろ酔いの男女数人がまた明日と言いながら別れていったり、はたまた、倒れ込んだおじさんがいたり。2階のたこ焼きやさんで火事が起こっていたり。時速100キロで進む車のように高速でコマが変わっていった。
沢山の人の瞬間を見られた気がした。
静かな裏路地へ入った先に御目当てのお店の看板が。そこには太い筆で威勢よく書かれた店名があった。自然派なイメージとは少し違うなと思いながらも、お腹が空いていたのもあり、そこまで気には留めず、階段を登っていった。
扉を引いたと同時に目の前に広がる世界に目を疑った。言葉が詰まった。
立ち込めるタバコの煙に山盛りの吸い殻。年輪の刻まれた右手たちはジョッキを勢いに任せガバッと掴み、躊躇なく胃の中へ注ぎ込む。焼酎や日本酒の瓶がひしめきあい7人掛けのカウンターを陣取っていた。
店を間違えたのだと思った。なんなら、間違えであってほしいとさえ願った。だって、オーガニック食堂…?
「ハッハッハ。俺の料理に添加物はいらないからね、なんとなく。」
大きな口を開けてニッカリ笑う店主は黒縁眼鏡と髭がよく似合っていた。やはり髭というのは似合う人とそうでない人がいる。
一気に肩の力が抜けた。なんだこの面白い街は。
それから数時間、野菜たっぷりのパスタと共にこの店の常連さんと一緒に深夜2時までお酒を飲んだ。
話したのは他愛もないこと、出身や今のお仕事、恋愛や旅、この辺りのおすすめのお店。近所で焼き鳥屋をやっているおじちゃんによるここら辺のホットスポット紹介。冗談半分じゃ書けないような場所ばかり紹介された。なんでここに来たのかと質問攻めにされたりもしたし、ここで正解だ、いい嗅覚をしてると褒められたりもした。
みんな人だった。
仮面人間は私だったのかもしれない。
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