書評:柴田純志『ウェストファリアは終わらない 国際政治と主権国家』
グローバリゼーションの時代における主権国家体制の行く末を主権国家の積極的評価の視点から考える
今回ご紹介するのは、柴田純志『ウェストファリアは終わらない 国際政治と主権国家』という著作。
20世紀後半から見られる以下のような事象、すなわち、
◯冷戦終結と自由資本主義体制の一極化
◯それと軌を一にするアメリカの超大国一極化
◯IT化の進展による国際取引の発展、ヒト・モノ・カネ・情報の地球規模での移動の加速
◯実例としてのEUの誕生、ユーロ通貨統合
等々の事象から、グローバリゼーションの進展はやがて国境の壁を消失させ、主権国家体制を超克していくのだろうかというテーマが盛んに議論されるようになり、今を生きる私達の興味関心を惹きつけて止むことがない。
このテーマに対し、否定的な論陣を張る立場の1つには、同じく20世紀後半から同時並行で発生してきた以下のような事象、すなわち、
◯宗教的原理主義やテロリズムによる国際秩序の混乱、分断
◯中国の超大国化によるアメリカニズムの一元体制の終焉
◯トランプ政権以降のアメリカにおける自国中心主義への揺り戻し
◯EUにおけるブレグジットに見られる主権国家単位への回帰
等々の事実を反証としていく立論を組む立場がある。
他方、同じくグローバリゼーションによる主権国家体制の超克に反対する立場であっても、上記のように現代的な事象を論拠とするのではなく、より根源的に、国際秩序、更には人民の自由権・生存権・基本的人権をより実効的に保障していくことができる制度として主権国家体制を積極的に評価しつつ、それに代替可能なプレイヤーが現時点では事実上想定困難である点を添えることで、反証していく立場がある。
本日紹介するのは、主権国家体制を積極的に支持する立場からの立論を展開する著作である。
近代以降の主権国家体制の淵源を、ヨーロッパにおける30年戦争の凄惨な体験と同戦争終結時に締結された1648年ウェストファリア条約に見ることは、各論上の様々な指摘がありながらも、歴史の大局的視点としては凡そ人口に膾炙した見方と言えるだろう。つまりは、ウェストファリア体制とは近現代における主権国家体制・国際秩序を指す用語である。
主権国家体制を積極的に評価するに当たっては、1648年以降ウェストファリア体制において連綿と続けられてきた国際関係上の工夫・改善、帝国主義化とその収斂、反動への対抗といった歴史的財産を適切に捉え直すことが必要だ。
就中、この国際秩序が、国内的には各国が様々な政治体制を採用することを許容してきたこと(民主主義も独裁国家も共産主義も原理的にはウェストファリア体制そのものと相反するものではない)、そうであったが故に様々な政治体制において人民の権利を保護(または阻害)する制度的試みがなされ、淘汰されてきたという歴史的積み重ねがなされてきたことは、殊更に重要である。
つまりは、人権及びその周辺概念は基本的に主権国家体制と歩みを一にして概念化され、制度化され、保護(または阻害)の仕組みが手続き化・プロセス化されてきたものと言えるのではないだろうか。
そのことに鑑みるに、仮にグローバリゼーションが主権国家体制を超克していくのであれば、ウェストファリア以降の財産である人権概念も制度もプロセスも、それらが前提とし立脚点としてきた主権国家という権力単位をないものとして一から再構築されねばならなくなるはずである。
これは、主権国家に変わる権力主体を想起し、その存在基盤に立脚した人権概念・制度・プロセスを構築していくことに他ならず、現代において主権国家と同等の権力的正統性を有し、且つ立憲的法体系と官僚制をメインとした行政プロセスを提供し得る主体はまた登場していないと見るのが妥当と言えるのではないだろうか。
本著ではこうした見方を補強するコンセプトとして、社会体制を「構造とシステムの二層構造」として見るという興味深い視座が提供されている。
構造が下部、システムが上部だ。
そして、構造は相当程度長期に渡って不変性を維持するもの、システムは同一構造の上部においても時々刻々と変化していくものと規定される。
そして何より、ウェストファリア体制は構造であり、今日的に見られるグローバリゼーションはあくまでシステムの変化に過ぎない、と見ているのだ。
これは非常に説得力のある構図だ。
私自身は冒頭のテーマに対して中々私見・私論を組むことが出来ずにマゴマゴしていたのだが、本著に出会ったことで、一定程度私見を披露することが出来るようになった。
グローバリゼーションに対する考え・スタンスは様々あって然るべきだが、一考に値する立論として、本著は非常に興味深いと思われる。
読了難易度:★★☆☆☆
現象より原則重視度:★★★★★
論旨説得力度:★★★★☆
トータルオススメ度:★★★★☆
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