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「ドリンクバー」小説
「ドリンクバーで烏龍茶飲む人ってほんとに嫌い」
彼女は吐き捨てるように言う。
「烏龍茶だって立派なドリンクだよ」
我ながら頼りない声で答え、メロンソーダをひとくち飲んだ。
「じゃあどうしてこんなに腹が立つの?ドリンクバーを頼んで烏龍茶を飲む人を見ると」
彼女は真剣に怒っているようだった。
「麦茶派だからじゃない?」
「私は緑茶派よ」
彼女はアイロンで器用に巻かれた髪を執拗にかきあげる。僕には関係ない話なのだが、なんとなく申し訳なさそうに僕はメロンソーダを飲む。
僕らは昼時を過ぎて、客もまばらになったファミレスで向かい合って座っていた。側から見れば、ガールフレンドの機嫌を損ねた彼氏が平謝りしているように見えるかもしれない。しかし、実際僕らは恋人同士ではないし、彼女が怒っている原因は僕ではない。
彼女が怒るというのは実は珍しいことだった。一般的には腹を立ててもおかしくないような事態に見舞われても不自然なほど怒らないのが彼女だった。
ドリンクバーで烏龍茶を飲むことがそんな彼女を怒らせていることは激しく僕を混乱させた。僕は勝手に、彼女が怒るのは誰もが納得できるような理不尽な事態が起こったときだけだと思い込んでいたのだ。これは本当に勝手な考えだった。僕は、彼女がみんなが怒るタイミングであまり怒らないという一面だけを見て、すべてをわかった気になっていたのだ。
しかし僕は混乱するとともに、喜びも感じていた。僕はどちらかというと、「なんでも許せる人」より「許せないことがある人」の方が好きだった。後者の方がなにか誠実さのようなものを感じるのだ。
彼女はホットコーヒーを注いだカップに氷を三つ入れて小さなスプーンでかき混ぜていた。息をのむほど上品な手つきだった。その様子を見ていると、ホットコーヒーには氷を入れて飲むのが当たり前のことのように思えてきた。
「彼女はどうなったの?あの金髪ボブの」
「ユリね。来年から国家公務員だってさ」
いつもの優しい笑顔に彼女は戻っていた。
「それはよかった」
「面接は金髪のまま受けたのかな」
「まさか。ピンクよ」
「さすがにね」
友人のユリの話になるとすぐに調子を取り戻すのも彼女の特徴だった。彼女はユリのことを心底尊敬しているようだった。その気持ちは僕もよく理解できた。ユリと僕は一度、彼女を含めた3人でカフェでお茶をした程度だが、自然と僕もユリに好感を持った。僕がユリの、派手ではあるがまったく攻撃的ではない金髪の色を褒めると、「この世に存在するすべての色に染めたいの」とユリは言った。彼女が、「もうユリの髪色でほとんどの色は見せてもらった気がするけど」と言うと、「まだ1%にも達してないわ」と答えていた。
「あなた、ユリと付き合う気はないの?お似合いよ」
「ないね。僕には半年前の彼女の金髪と先月の彼女の金髪の色の違いを見分けることができないし」
「そんなことあの子は気にしないわよ」
「僕が気にするんだ」
「ふうん」
時間帯はもう夕方に差し掛かっており、容赦ない西日がファミレスの窓から差し込んでいた。それは彼女のコーヒーに入った氷を早く溶かしてしまおうと言わんばかりに強く照らしていた。
「ところで、ユリさんはドリンクバーで何を飲むんだろう」
「烏龍茶よ」
彼女はとても美しく笑って言った。
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